第43話 安東の提案
補習は一週間続く。
午前中だけとは言え、朝起きることを強要され、学校まで向かい、勉強させられる。これを登校とするなるば人よりも一週間夏休みの開始が遅れるということになる。
とはいえ、絢瀬さんがいるのならばそんな補習も少しは楽しくなるというものだ。
二日目。
俺は昨日に比べて若干のるんるん気分で学校へと向かう。時間が昨日よりも早いのは単に気分が良かったからだ。
しかし。
「紗理奈なら来てないわよ」
「嘘やん」
思わず関西弁になってしまった。
登校すると既に奏はいて、相変わらずつまらなそうに頬杖をつきながらスマホをいじっていた。
席は自由らしいので、今日は奏の隣に座ることにした。
「昨日連絡があったのよ。明日は行けないって」
「そうなんだ。なんかあったの?」
「そこまでは聞いてないわ。言ってこないことわざわざ訊くのもなんだしね。そもそも、紗理奈は私達と違って補習に来なくていい人なわけだし」
「確かに」
どちらかと言うと、来ている方がおかしいわけだ。
残念だが仕方ない。
切り替えよう。
相変わらずつまらない授業を受けて二日目は終わる。
三日目にもなると補習に来るということにも慣れてくる。夏休みが潰れていると思うから嫌になるのだ。
まだ夏休みに突入なんてしていない、そう自分に言い聞かせることにした。
三日目も絢瀬さんはいなかった。
驚いたのは、安東がいたことだ。
中井がずっとべったりしていたので彼女が無理やり連れてきたのかもしれない。
ここに絢瀬さんがいれば交流の場を与えることになっていた。彼女は彼女でいろいろと大変なのだろうが、危ない状況は作り上げたくないものだ。
四日目。
「……あ、佐古くん。おはよ」
絢瀬さんがいた。
俺の顔を見るなり、彼女はにこりと笑ってひらひらと手を振ってくれる。
俺は軽く手を上げて返し、たまたま空いていた彼女の隣に腰掛ける。
しかし、なんだか顔が疲れているように見える。
家で何かあったのか?
「おはよう。今日は来たんだね」
「うん。家の用事が一段落したからね。この前はごめんね、勝手に帰っちゃって」
「いや、それは全然」
「それでね、代わりと言ってはなんだけど今日こそお昼一緒に食べない?」
絢瀬さんは改めて誘ってくれる。
もちろん家に帰るだけなので俺としてはなんの問題もない。
「俺は大丈夫だよ」
「奏は?」
「私はパス」
「なにかあるの?」
奏が絢瀬さんの誘いを断るなんて珍しいな。そう思ったのは絢瀬さんもらしく、彼女は首を傾げる。
「今日はお兄ちゃんが帰ってくるから」
奏、お兄ちゃんいたのか。
あんまり妹感はないなあ。でもお兄ちゃんって呼んでるのか。なんかいいなあ。
「にやにやすんな、気持ち悪い」
俺を睨みつけながら奏が厳しい言葉を浴びせてくる。うん、まあ確かにキモかったな。
顔がどうだったかまでは分からないが。
「奏はお兄ちゃんっ子だもんね」
「別にそんなんじゃないわよ。ただ、久しぶりに帰ってくるから」
その後も話を聞いていると、どうやら就職してから転勤があったそうだ。
まとまった休みが取れるとたまに帰省してくるらしい。今回がそれに当たるようで、数日間滞在するんだとか。
奏は否定しているが、話しているときの嬉しそうな楽しそうな表情などから見ても恐らくブラコン。
兄が家にいる間くらいは家で兄といたいそうだ。
「そういうわけだから、お二人でお楽しみください」
奏はつまらなさそうに言う。
「そ、そう」
言って、絢瀬さんはこちらを向く。
「えと、二人だけど佐古くん的には大丈夫?」
こちらの様子を伺うように自信なさげに訊いてくる。そんな姿も可愛くてたまらない。
「もちろん」
俺はテンションが上がって、親指を立ててオッケーする。
「だっさ」
奏が冷たいツッコミをぼそりと呟いてきた。俺もそれは薄々思ってたから傷つきはしまい。
お昼にこんなハッピーな予定が入ったとなれば午前中の補習なんてどうということはない。
俺は鼻歌混じりに授業を受けていた。
「ホントに来てるんだな、絢瀬」
授業と授業の間の休憩時間。
そいつは突然俺達の……否、絢瀬さんの前にやってきた。
俺と奏はその声にピクリと反応し顔を上げる。
「あ、うん」
「美帆から訊いてさ。騙されたと思って来てみたんだよ」
安東だ。
ここ最近、補習に顔を出していた。
中井に連れてこられたのだと思っていたけど、どうやらそれだけではなかったらしい。
というより、メインはこっちの理由っぽい。
「そうなんだ。安東くんもちゃんと補習に来て偉いね」
「なんだよそれ」
くすくすと笑い合う。
普段あんまり二人が話している内容まで聞くことはないのだが、こんな感じなのか。
冗談とか言い合えるんだな。
安東も雰囲気が柔らかく、絢瀬さんも自然に笑っている。
気に食わないが安東の奴はイケメンなので、見た感じだとすごいお似合いな二人だ。
俺はそんな二人の会話に割り込むことができず、奏もそれは同じようで、二人の話をスマホをいじりながら聞いていることしかできない。
「ところでさ、さっき話してるの訊いたんだけど」
「うん?」
「このあと、ご飯食べに行くんだって?」
それに俺はピクリと反応してしまう。動揺したこと、気づかれなかっただろうか?
横目でちらと様子を伺うが、安東がこっちを気にしている様子はない。多分だけど、眼中にないのだろう。
「俺も暇なんだ。一緒に行っていい?」
「えっと」
絢瀬さんはどうしようか、とこちらを見てくる。
さすがにここでシカトするわけにも行かず、顔を上げて二人の方を見る。
「どう?」
絢瀬さんが訊いてくる。
これは決定権俺にあるの? ニュアンス的には『私はいいけど、佐古くんはどう?』てことなの?
だとしたら嫌とか言えなくない?
そもそも本人を前に断るとか度胸のあることできないよ。
「別にいいよなァ? 絢瀬はお前みたいなのと二人で飯食ってもつまんないだろ?」
「……そ、すね」
キョドる。
俺ってば、高校生ごときに何ビビってんだよと言いたいところだが、何歳になっても不良とかは普通に怖い。
オタクの性だろうか。
「まあ、いいんじゃ、ないかな」
俺のヘタレ。
安東がいるなら俺は行きたくない。
でもここで行かないと絢瀬さんが何されるか分かったもんじゃない。奏と二人でも何もできなかったのに、俺一人で安東をどうにかできるだろうか。
無理だなあ。
中井とかも来てくれないかな。あ、そうか、俺が誘えばいいのか。あの人は絶対来てくれるだろうし。
「オタクもこう言ってるし、いいよね?」
安東が改めて絢瀬さんに確認する。
絢瀬さんは、ふむと口を噤んで少しだけ考える。そして、顔を上げて安東を見た。
「えっとね」
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