第42話 補習終わり
補習は午前中で終わる。
さすがに一日中拘束するつもりはないらしい。というか、教師サイドとしてもそれは嫌だろう。
なら補習なんかしなければいいのに。
補習を終え、各々が教室を出ていく中、帰り支度をする俺のもとへやってきたのは絢瀬さんと奏だった。
「佐古くんはこのあと予定とかある?」
「いや、特には」
「奏とね、お昼食べて帰ろっかって話てたんだけど、一緒にどう?」
それは願ってもない誘いだった。
「もちろん行くよ。断る理由は見当たらない」
「そかそか、それは良かった。それじゃあ行こっか」
トントン拍子に話が進む。
夏休みに入ったというのに、こうして絢瀬さんとご飯に行けるのだから補習も存外悪くないな。
教室を出て、昇降口で靴を履き替える。絢瀬さんと奏は何を食べようかと話し合っている中、俺はそれを数歩後ろから眺めているだけだ。
あの輪の中に入るのは厳しいぜ。
「あれが絢瀬紗理奈?」
「うおっ!?」
突然後ろから声がして、俺は驚きのあまり変な声を出してしまう。振り返ると、そこにいたのは高峰円香と中井美帆だった。
「そんなに驚かなくてもよくない?」
「……いや、まあそうだけど。何って?」
「あれがあの絢瀬紗理奈かって」
あの絢瀬紗理奈ってなんだよと思ったけど、そういえば以前話したときに名前が登場してたっけ。
「あんたあの子と仲良いの?」
そう言ったのは中井の方だ。
安東に対してのぶりぶりした様子は一切ない、どちらかというと不機嫌な感じ。
「まあ、それなりに」
「……へえ。意外ね」
「好きなの?」
呟く中井を置いて訊いてきたのは高峰の方だ。
何度か体を重ねている関係なだけに何だか肯定しづらいが、俺はこくりと頷いた。
気にしている様子はない。
まあ、あれだって恋愛感情の先の行動ではないわけだろうしな。
「すんなり認めるとは思わなかった。ということは、この前のデート云々も彼女絡みか」
「……それはノーコメント」
「分かりやすすぎる」
「あんまり釣り合わないカップルね」
「俺もそう思うよ」
俺のことなど気にもしないキレキレの言葉の刃を突きつけてくる中井に俺は頷いた。
「でも、あんたがあの子を射止めれば私にとってはラッキー意外の何でもないわ」
「奇遇だね。俺も、中井が安東を何とかしてくれれば楽なのにって思ってた」
恋愛感情がないと、意外とすらすら言葉が出てくる。絢瀬さんと話すときはどうしても一度考えてしまうから。
楽といえば楽だ。
「無理だろうけど頑張りなさいよ。助けてあげるつもりはないけど応援はしたげるわ」
「それはどうも」
中井って話していると高峰に比べてあんまりギャル感はないんだよな。いや、高峰は高峰で意外と中身は普通なんだけど。
「それじゃあアタシらは行くわ。邪魔しちゃ悪いしね」
そう言って、高峰は中井と行ってしまう。
再び一人になった俺は少し先で待ってくれていた二人に追いつく。
「お友達? 一人は同じクラスの中井さんだったよね」
「ああ、うん。まあ」
「そういえば、あの金髪とは一緒に登校してたわね」
「ちょっと話したことがあるだけだよ」
痴漢しているところを助けて、そのお礼にセックスした仲だよとは言えない。
あれは結果として必要なものだったわけだし、許してくれ。
「あんたとは百八十度違うタイプに見えるだけに意外だわ。ねえ、紗理奈……紗理奈?」
好き放題言う奏が絢瀬さんを振り返る。彼女はスマホを取り出してディスプレイを見つめていた。
「……あ、ごめん。ちょっと電話だから出てくるね」
若干、曇った表情をした絢瀬さんは駆け足で離れて電話を始めた。
「何かちょっと変だった?」
「……どうかしらね。最近、たまにああいう顔をするわ」
奏は俺と比べると絢瀬さんと一緒にいる時間は長い。なので、違和感を覚える機会も多いのだろう。
「紗理奈は私にネガティブなことは言わないのよ。どうしたのって訊いても、何でもないって無理に笑う。明らかに、何かあるのに」
「……そうなんだ」
俺は絢瀬さんを見ながら短く返した。
奏にも何も言わないんだな。誰に対しても徹底して相談とかはしないらしい。
そんな彼女に口を開かせた安東は、もしかしたら凄い奴なのかもしれない。
「多分、家で何かあるんだと思うけど」
「俺も、それは何となく察したけど、どうしてそう思うの?」
「紗理奈が席を外してるときに父親から着信があって、帰ってきてスマホを見たときにあの顔をしてたから」
確定的な証拠があるのか。
その点、俺は途切れ途切れの曖昧な情報を組み合わせただけだったので、奏の言葉で確信を得ることができた。
そんなことを話していると電話を終えた絢瀬さんが戻ってくる。そして、戻ってくるなり手を合わせて頭を下げる。
「ごめんなさい! ちょっと用事ができちゃって……ご飯に行くのはまた今度にしてもらえるかな?」
「それは全然大丈夫だよ。ねえ?」
「ええ。紗理奈こそ大丈夫?」
奏が心配そうに言うと、絢瀬さんは顔を上げてにこりと笑う。
「うん。大丈夫。この埋め合わせはちゃんとするよ。それじゃあね」
ばいばいと小さく手を振って、絢瀬さんは走って行ってしまう。そんなに急ぐほどの用事なのだろうか。
俺はさっきまでの、電話をかけていた絢瀬さんの顔を思い出す。どこか不安げというか、心配そうな顔。
「走って行くことないのに」
奏がぼそりと呟いた。それには同意見だ。よほど大事な用事なのだろう。
「どうする? 二人でご飯行く?」
俺が言うと、奏はハッと乾いた笑いを見せた。
「冗談でしょ。あんたと二人でランチするくらいなら一人で食べるわ」
冗談だろうけどそこまで言うことなくない? いや、冗談じゃないかもしれないけど。
一応、未来では二人で居酒屋とか行っちゃう仲なんだぜ?
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