第40話 夏休みがやってくる


 夏休みがやってくる。


 が、


 その前にある学生にとって非常に憂鬱なイベントが目の前に迫っていた。


 そう、期末考査である。


 成績は学生の頃から良くなかった……今も学生だけど。

 リベンジできるこの時代だからこそ頑張ろうとしたし頑張っているつもりだ。


 でも、基礎的な知識が圧倒的に足りずに結局ついていけていない。無理だよ、十年近く前に習ったことなんて覚えてない。


 つまりどういうことかと言うと、大ピンチなのである。


「今回の期末考査、赤点三つ以上ある生徒は夏休み返上で補習を受けてもらうから覚悟してろ」


 ということだ。


 しかも何が問題かというと、既にテストは終わっており答案返却のこのタイミングで言ってきたこと。


 当然、教室内にブーイングの嵐が起こる。

 そんなことをしても残念ながら教師の考えは変わらない。既に決まってしまったその地獄を前に、俺達はただ死刑宣告が起こらないことを祈るしかない。


 ああ、神よ。

 どうか俺にご加護を。


 ただでさえ時間がないんだ。

 これ以上、無駄なことに時間を割いてはいられない。


「次、佐古」


「うす」


 本来ならば答案はテストの翌授業での返却なのだが、期末考査が終わるとあとは夏休みのみなので授業がない。

 ということがあり、担任の教師がまとめて返却するので、結果が一気に分かってしまう。


「補習」


「……うす」


 なんで言うんだよ。

 せめて自分で見てその結果を受け入れさせてくれ。


 ああ、この世に神はいなかった。

 いや、タイムリープという摩訶不思議なことが起こっているので神はいるのか。


 授業が終わると如月が俺の机にやってきた。


「残念だったね」


 小馬鹿にしたように笑っている。こいつ、高みの見物みたいな顔しやがって。


「思ってないような顔で言うな」


「いやあ、ちゃんと思ってるよ」


「一応聞くけど、お前は?」


「残念ながら、補習はパスだ」


「聞くところによると、別に赤点なくても受けれるらしいけど?」


「溜まってるアニメやゲームの消化に忙してくてね。補習に付き合っている時間はないんだ」


「……」


 くそ、オタクの鑑め。

 俺は恨めしい気持ちを込めて睨みつけるが、如月はそんなこと気にもしない様子でケロッとしている。


 まあ、如月は何も悪くないのだが。


 そんな話をしていると、教室の少し離れた場所で聞いたことのある声が叫んだ。

 

「ええー! ハルカもサキも補習行かないの!?」


 あまりにも声が大きく、教室内の生徒の視線をかっさらったのは一人の女子生徒。

 俺もそちらに視線を移したが、あれは確か、そう、中井美帆だ。


 安東のことが好きな高峰円香の友達。


「え、ちょっと待って、タクマは? ショータは?」


「パス」


「パス」


「はああああ!? そんな頭良かったっけ!?」


「いや、良くはないよ。ただ赤点回避するくらいには頑張っただけ」


「いやいや、放課後遊んだじゃん。ボウリングにもカラオケにも行ってたじゃん!?」


「帰って勉強してたに決まってんだろ。テスト期間だぞ?」


「お前ら不良の風上にも置けないよ!」


「……いや、別に私ら不良じゃないし」


 どうやら、あそこにも俺の仲間が一人いたらしい。

 あちらからすれば俺なんかがいたところで何もないだろうけど、俺としては仲間がいるだけで心強い。


 一番怖いのは教師とのマンツーマン補習だったから。


「あ、圭介!」


「あ? なに?」


「圭介は補習あるよね?」


 中井がどこかから教室に戻ってきた安東に声をかける。なんと失礼な言い方だろうか。


 しかし、安東は特に気にした様子もない。


「行かねェけどな」


 くわっと、欠伸をしながら気怠げに答えた安東は自分の机に座る。

 ここで補習に出ないという選択肢はあってはならないだろうに、さすが本物の不良だ。肝の座り方が人と違う。


「ええー」


 中井は安東を好いてはいるが、普通の女子っぽいし補習をサボるようなことはできなさそう。偏見だけど。


「良かったね、仲間がいて」


「まあ」


 安東が補習に来るとそれはそれで何か気まずいのでサボってくれるのは有り難いか。


 いや、逆に補習に来れば動きを監視できるからそっちの方がいいのか?


 最近は特に目立った行動はない。

 時折、絢瀬さんと話していることはあるけれど、無理やりという感じもないし軽く話す程度だ。


 新しいターゲットを見つけたから絢瀬さんは諦めた、という展開ならばどれだけ嬉しいことか。


 そんなことを思いながら絢瀬さんの席の方を見ると彼女の姿がなかった。

 どこに行ったんだろうと見渡すと、奏の席にいた。机に伏せている奏の背中をぽんぽんと叩いている。


「あれはまさか」


 俺は立ち上がる。

 そして、奏の席へと向かった。如月も俺の後をついてくる。


「大関さん、どうかしたの?」


 そう訊いたのは如月だ。

 俺達の方に視線を向けた絢瀬さんは苦笑いを見せる。


 やっぱりだ。

 絶対そうだ。


「補習なんだって」


「マジか!」


 俺は喜びの声を漏らす。

 それを聞いた奏が鬼の形相でこちらを振り返った。


「人の不幸を喜ぶとはいい性格してるわね!?」


「俺もだから仲間がいて嬉しかった!」


「そ、う、なの」


 バカにされたわけではないと分かった奏はマックスまで上がっていたイライラのボルテージを下げる。


「奏って頭悪かったんだな」


「言い方ってもんがあるでしょ」


「いや、なんか勉強とか得意そうだし。意外だなーと思って」


「いつも赤点常習犯ってわけじゃないわよ。今回はヤマが外れただけ」


 じゃあ頭は悪いんじゃん。

 とは言わないけどさ。


「如月は付き合ってくれないっていうから仲間がいて安心したよ」


「好き好んで補習に来る人なんていないでしょ。まあ、諦めて乗り切るしかないわ」


 そして。


 残りの授業を終え、


 終業式を迎え、


 ついに、夏休みに突入した。

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