第39話 初デート④
ウインドウショッピングというのは確かに悪い案ではない。
けれど、目的のない散策に対してどうしても自信が持てなかった俺は何かないかと考えて必死に理由を作り出した。
「母の日?」
「そう。あんまりこういうことしないから、何かアドバイスでももらえないかなと思って」
「それはいいんだけど……」
絢瀬さんはそわそわとしている。
言いたいことは分かってる。こう言えば誰もが抱くであろう考えだから。
「母の日はもう終わったよね?」
「……うん」
「二ヶ月近く前に」
「…………うん」
さすがに無理やりすぎたか。
誕生日とかにすれば良かったかな? でも母さんの誕生日十一月だからな。まあそれを言うなら母の日も五月だけど。
「何か、ほら、日頃の感謝の気持ちを伝える的な? それの言い訳というか!」
必死に誤魔化す。
すると、絢瀬さんはくすりと笑う。
「そういうことね。なら、一緒に何か探そっか」
「あ、あざっす」
誤魔化されてくれた。
もう助かったというよりは助けられたような感じになったけど。
「せっかくだし、私も何か買って帰ろうかな」
とりあえず適当に歩き始めたところで絢瀬さんが言う。
「お母さんに?」
「うん。佐古くんを見習おうかと思って」
言いながら、彼女は笑う。
その顔は作られたものではなく、絢瀬さんの心の底から出てきたものだろう。
何となく、母親のことが好きなんだというのが伝わってくる。
「そういうのもいいかもね」
あれ?
なんだろう。
何か引っかかるな。
「絢瀬さんはお母さんのこと好き?」
「どうしたの、急に?」
「いや、何となくだけど。好きなんだなっていうのが伝わってきたから」
「好きだよ。大好き……」
いつかの帰り道、どうしてだったか父の日の話題になった。
あの日、絢瀬さんは父の日に何かすることを躊躇っていた。
未来で得た情報から家庭で何かしらの問題を抱えていることは知っていた。絢瀬さんがあまりいい顔をしてなかったから、そのときも深く踏み込むことはできなかった。
また別の日、絢瀬さんが風邪で学校を休んだときにお見舞いに行った。
そのとき、彼女の部屋に飾ってある家族写真を見て違和感を覚えた。その違和感の正体は、絢瀬さんのぎこちない表情にあった。
そして今日。
明らかに絢瀬さんは母親に対して好意を抱いている。そして、父の日にアクションを起こすことを拒んだところから、彼女の家庭問題の原因は父親にあるのではないか、という予想が立つ。
「母親ってなにが嬉しいんだろう」
何となく絢瀬さんの表情が暗くなったので、俺は話題を変える。
「佐古くんはお母さんにプレゼントとかあげなかったの?」
「金がなかったからなあ。子供の頃は肩たたき券くらいはあげてたけど」
「ああー、ベタだねえ」
「でも、喜んでくれてたなー」
感覚的にはもう随分前のことになるというのに、今でも思い出せる。
社会人になって、お金を手にしてからは何かしら物を贈ることはあったが、あのときの顔を超えたことはなかった。
「子供からのプレゼントってのは、なんでも嬉しいのかもしれないね」
「それが真理だよね。値段とか実用性とか、そういうんじゃないのかも」
「そうなると、余計に難しいような」
俺は唸る。
絢瀬さんも唸る。
それからもいろんなお店に入っては、あれはどうかこれはどうかと話し合う。
それでも、中々これといったアイデアは出てこずに、プレゼント選びは難航を示した。
実用性云々は言ったけれど、しかし普段遣いできるものがいいのではないかという結論に至った俺達はそこに的を絞ってプレゼント選びを再開する。
そして、各々が買い物を終わらせた。
「佐古くんは何にしたの?」
「……ビールジョッキ」
「予想の斜め上のものが来たなあ」
「うちの母はアルコール……中でもビールが好きだから。そういえば欲しがってたなって」
感謝してくれ母さん。絢瀬さんのおかげで俺はあなたにビールジョッキを買うことになったよ。
「絢瀬さんは?」
「私はね、これ」
言って、絢瀬さんが見せてきたのは、俺は観たことはない映画のBlu-rayのパッケージだった。
「Blu-ray?」
「うん、そう」
「俺が言うのもなんだけど、プレゼントって感じじゃないね」
「たしかにね。でも、お母さんこの映画がすごい好きだって言ってたから。これを観たら……」
「……観たら?」
表情を曇らせ、言葉を途切れさせた絢瀬さんに俺は尋ねる。
「あ、えっと、昔のこと思い出すかなーみたいな。なんかね、パパとの思い出なんだって」
「へえ、そうなんだ」
「佐古くんのとこはそういうのないの?」
「……両親の昔話とか、絶対に聞きたくないな」
想像しただけでもゾッとする。
「そう? なんかいいなあって思わない?」
「思わない」
即答した。
どれだけラブラブで、イチャイチャしてても親を羨むことはない。俺を産んでくれたことには感謝だが、馴れ初めとかは絶対に聞きたくない。
「男女の差なのかな?」
「そうかもね」
買い物を済ませた頃にはいい時間だった。終わりを迎えるのは惜しいけど、あんまり遅い時間まで連れ回すのもどうかと思い、解散することにした。
二人並んで駅まで歩く。
「今日は楽しかったね。ありがとう」
「そう思ってくれたのなら、頑張った甲斐あったよ」
「頑張った?」
「……ほら、奏にアドバイスもらったり」
他にも高峰にも話を聞いてもらったな。
結局そんなに苦労はしてないけど、初デートに対していろいろと考えさせられたのは事実だ。
自分の経験不足をこれほどまでに恨んだことはなかったが。
「ああ。それに関してはまた奏に言っておかないとね」
「……まあまあ」
ホラー映画を観させられたことは根に持っているようだ。これは週明けが怖いぞ。
奏が絢瀬さんに怒られ、そして俺が理不尽に奏から怒られる予感がする。
「今度はそういうことがないように、奏にじゃなくて私に訊いてほしいな」
「あ、うん、そうする……ん?」
今なんて?
俺がギョッとして絢瀬さんを見たからか、彼女も驚いた顔をする。
「どうしたの?」
「あ、いや、今なんて?」
「えっと、だから、今度はちゃんと私に訊いてほしいなって」
改めて言うのが恥ずかしかったのか、絢瀬さんはわずかに頬を赤く染める。
「また出掛けてくれるんですか?」
「……うん」
頬を朱色に染めたまま、絢瀬さんはこくりと頷いて俯く。
俺は跳ねて喜びたい気持ちを必死に抑えて平然を装う。
そりゃ喜びもするよ。俺の今日の目標は次に繋げることだったんだから。
ミッションコンプリートだ。
「じゃあ、そうするよ」
「うん」
俺の方が最寄り駅への到着が早く、先に降りることになった。電車を降りて絢瀬さんを振り返ると、彼女は小さく手を振ってくれていた。
ここで自然に振り返すことができない俺は、ぺこりとお辞儀をした。オッサンかと思ったけど、よくよく思い出すと俺はしっかりオッサンだった。
なんかきらきらした青春オーラに包まれていたから忘れてた。もしかしたら思考や感覚も若返っているのかもしれない。
「……」
帰り道。
俺はすっかり暗くなった夜空を見上げながら考える。
でも、結局その答えは出ないままで、以前に比べて答えに近づいたのは確かなはずだけど。
絢瀬さんが抱える、家庭の問題ってなんなんだろう。
もうすぐ夏休みが始まってしまう。
つまり、あまり時間はないということだ。
俺は未来を変えられているのだろうか。
そんなことをふと考えたが、もちろん答えは出なかった。
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