第38話 初デート③


 そんなわけで映画館に到着した。

 時間に余裕を持って集合したので上映までもう少し時間がある。


 二人でグッズコーナーなんかを適当に見て回りながら時間を潰し、開場したところで中に入ることにした。


 場内はまだ明るく、スクリーンには予告編が流れている。

 それを横目に俺達は自分達の席を探して座る。

 絢瀬さんが隣に座るのは当たり前のことだけど、それがなんだか嬉しくて、でもそれ以上に緊張する。


「佐古くんは映画よく観るの?」


「いや、そうでもないかな」


 学生のときはまだそれなりに観ていたけど、仕事が忙しくなってからはめっきり観なくなったな。


「絢瀬さんは?」


「私はたまーに観に来るよ。この大画面で観るのがいいんだよね」


 そう言った絢瀬さんは言葉通りにうきうきしている様子だ。本当に映画が好きなんだというのが伝わってくる。


 確かに、この大きなスクリーンで大迫力の音響を楽しむというのは劇場ならではか。

 本当に久しぶりなので、俺もちょっとワクワクしてきた。


「まあ、これから観るのはホラーなんだけどね。さぞかし迫力あるんだろうね」


「……まあ」


 絢瀬さんはがくりとテンションを下げながら言う。

 だから他の作品にしようと何度も提案したのに。


「観てみると思ってたより怖くないってパターンもあるかもよ」


「だといいね」


 こんなに気持ちのこもっていない返事をされたのは初めてかもしれない。


 上映時間が近づくにつれて、絢瀬さんのテンションは下がっていった。最後にトイレに行っておくと退席し、戻ったときの様子といったらお通夜か何かかと思えた。


 もう喋る余裕もないのか、ぼーっとスクリーンを眺めている。


 なので、俺も無理に話しかけることは遠慮した。


 次第に劇場内は暗転し、映画本編が始まる。


 物語は二人の女子中学生の会話から始まる。

 学生の間で話題になっている『ダブル』という都市伝説。それはいわゆるドッペルゲンガーのことを意味していた。


 ドッペルゲンガーといえば、自分と瓜二つの存在のことを言い、その姿を目にした者は死ぬ……的な感じの話だったかな。


 今回の話もそんな感じらしく、主人公である女子中学生の周りで事件が頻発していく。

 事件と遭遇していく中で、主人公は都市伝説の本当の意味を理解する。


 という内容。

 ホラー映画特有の大きな音や突然現れるといった演出による驚きはもちろん、背景や雰囲気による不気味さも演出されており、ホラー映画としては十分に楽しめた。


 絢瀬さんはと言うと、途中我慢できずに悲鳴を上げることもあったりしたけど、何だかんだと最後まで観たようだ。

 素直に感心である。


 他にも悲鳴を上げている人がいたので目立たなかったのは幸いか。


「……」


「大丈夫だった?」


 本編が終わり、劇場内が明るくなったタイミングで俺は声をかけた。俺の声に驚いたのか、ビクッとしながら絢瀬さんはこちらを振り向く。


「え、なんでそんな驚いてるの?」


「……ホラー映画観たあとは敏感にならない?」


「まあ、分からなくはないけど」


 俺はあんまりならないけどね。


 けれど、思っていたよりは平気そうだ。もっとやばいリアクションもあり得るのではないかと予想していたのだが。


 気絶とか普通にしててもおかしくなかった。


「とりあえず出ようか?」


「う、うん。そうだね」


 若干引きつった笑顔を浮かべながら絢瀬さんは言うが、もぞもぞと動くだけで立ち上がる気配はない。


「どうかした?」


「あはは、ごめん。何か力入らなくて」


 絢瀬さんは申し訳無さそうに笑う。

 腰でも抜けたのか?

 こんなところにいつまでも座ってるわけにもいかないと思い、俺は彼女に手を差し伸べた。


「引っ張るよ」


「あ、ありがとー」


 遠慮がちに俺の手を掴んだ絢瀬さんを引っ張って立ち上がらせる。一度立ち上がると普通に立てるようになったので、俺達は出口へと向かった。


「どこかお店に入って休憩する?」


「うん、そうだね……賛成かも」


 もともと映画のあとは休憩というプランだったのでここは予定通りである。

 適当に空いている喫茶店的なお店を探して中に入る。


 休日ということで人の数は多いが、その分お店の数もあるからいい感じに分散されているのかも。


「ご注文はお決まりですか?」


「えっと、それじゃあこのミルクレープケーキとカフェオレで」


 ケーキ食べるんだ。


「じゃあ、俺は……ショートケーキとコーヒーをブラックで」


 注文を済ますと、店員は「かしこまりました」とお辞儀をして下がっていった。


「ケーキ食べるんだね」


「なんか見てたら食べたくなっちゃって。すごい疲れたし……」


 どうやらよほど怖かったらしい。

 まあ、俺でも普通に怖いと思うシーンはあったわけだし、ホラーが苦手な絢瀬さんからすれば地獄のような時間だったろうな。


「あ、でもね、話は結構面白かったよね。続きが気になるから怖いけど観るしかなかったよ」


「それは分かる。話は普通に面白かった」


 そんな感じで、それからしばしの間、俺達は映画の感想を語り合った。

 その時間が楽しくて、気がつけば一時間が経過していたのだから驚きだ。


「このあとはどうする?」


 絢瀬さんが訊いてきた。

 映画終わったから帰る提案されたらどうしようと思っていたけど、その心配はなさそうだ。


 高峰のアドバイス的にはウインドウショッピングがいいという話だったが、どうなんだろうか。

 

「どこか行きたいところとかある?」


 言ってから、他人に任せている感が強い言葉だったと後悔する。もちろん、一応軽く予定は考えてあるが、何かあるなら尊重しようという気持ちだったのだ。


「んー、まあないこともないけど。佐古くんは?」


「えっと、一応考えてはあるんだけど、絢瀬さんが何かリクエストあるならそれに応えようかな……みたいな」


 俺が言うと、絢瀬さんは「なるほどねー」と呟きながら考える素振りを見せた。


 そして、再び俺の方に顔を向け、笑顔を浮かべる。


「今日は佐古くんにエスコートしてもらおうかな」


「う、そっすか」


 なんか責任重大な気がする。

 いや、もともとそのつもりだったろ。


 今日一日を楽しんでもらって、次の機会を作るんだ。こんなところでギブアップなんかできないぜ。


「それじゃあ、そろそろ行こっか」

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