第37話 初デート②


 前回のあらすじ。

 噛んだ。


「……とりあえず、行こうか」


 絢瀬さんとの合流を果たした俺はやらかしにやらかしたのでその場から逃げ出したい気持ちを抑えて提案する。


 この場所から移動することで少なくとも空気は変わるだろうと思ってのことだ。


 まあ、遅かれ早かれ移動はするし、この提案自体が間違っているということはない。


「そうだね」


 そうして俺たちは歩き始める。

 当たり前のことなんだろうけど、絢瀬さんが俺の隣を歩くだけで緊張する。


 これまでにもそういうことはあった。移動教室のときとか、登校のときにたまたま会ったとか。でもそのどれとも比べられないくらいの緊張がある。


 校内でされたことでも、休日に二人きりのときにされれば受ける衝撃は段違いだ。


 ちらと隣の彼女を見ると、いつもより少しだけ身長が高いように思えた。

 いつもならば脳天がぎりぎり見えるくらいなのだけれど、今日はそれが見えない。


 昨日今日でそんな突然身長伸びるなんてこともないだろう。


「ん?」


 そんなことを思っていると、絢瀬さんがこちらを向く。

 いつもより高いとはいえ身長差上どうしても俺を見上げることになるのだが、この上目遣いが毎度ながら破壊力抜群なのだ。


 なんでも言うこと聞いてしまいそう。


「あ、いや、なんか身長が」


 なんて言っていいのか分からず、俺はどもりながら気持ち悪く言う。


「ん? ああ、ヒールだからかな。そんなに高くないんだけど、よく気づいたね?」


 言われて絢瀬さんの足元を見ると、確かに靴がいつもと違う。ヒールって常にかかと上げてるような状態だけどしんどくないのかな?


 試そうにも履く機会がないしな。


「なんとなく、横に立ったときに違和感が」


「ふぅん。そういう些細なところに気づいてくれるのはなんだか嬉しいね」


 ヒールだということには気づけてないんだけども。

 喜んでくれてるしわざわざ言うことでもないか。


 開幕早々、彼女の笑顔を見れて俺は幸せです。


「今から映画観るんだっけ?」


 移動の中、なにか会話をせねばと考えていると絢瀬さんが話題を振ってくれる。


「そう」


 一応映画を観るということは伝えてあるが、何を観るかまでは言ってない。


「絢瀬さんってどんな映画が好きなの?」


 訊いてはみたが、実はその答えは知っている。密かに奏に確認しておいたのだ。

 なので、これは答え合わせのようなものである。


「んー、怖いのとかはあんまり得意じゃないけど、そういうのじゃなければ基本的には何でも観るかな」


 あっれええええええ?


 え、あれ?


 奏さん?


 あなた、俺が『絢瀬さんってどういう映画が好きなの?』って訊いたら『紗理奈は大のホラー映画好きよ』って自信満々に即答してませんでした?


 唯一のNGなんですけど?


「……」


「どうしたの?」


 どうやら顔が引きつっていたようで絢瀬さんが心配そうに訊いてくる。


 チケットは既に買ってある。

 プランとしては、『私、大のホラー映画好きなの!』『そうなんだ。良かった、これ気に入るかと思って買っておいたんだ』『わあ! これ気になってたんだ、佐古くんセンスいい!』『まあ、俺も観たかったから』『私達、好きなものも似てるんだね。なんか嬉しいかも』となるはずだったのに。


 これはどうしたものか。

 お金は無駄になるがチケットは買っていないという体でいくか?


 でもそれだと「チケットも買ってないのかよ」みたいに思われる可能性がある。


「……ええっと」


 ここでどれだけ考えようと最適解なんか思いつくはずがない。


 よし。

 ここは正直に話そう。

 話した上で別の映画を観よう。


 これは秘密裏に進めて格好つけようとした罰なのだ。


「実は、事前に絢瀬さんの好みの映画を奏に訊いたんだけど」


「え、そうなの? そんなの私に訊いてくれれば良かったのに」


「ほんとにね」


 なんでそうしなかったんだろうね。

 スマートという言葉の意味を履き違えていたのかな。


「それで、奏が絢瀬さんは大のホラー映画好きとか言うもんだから……」


 言いながら、俺はチケットを財布から取り出して見せる。


「わわ」


 そのチケットを見て、絢瀬さんは少しだけ顔を青ざめさせる。苦手な人のリアクションだ。


 それは『ダブル』という映画で、簡単に言うとドッペルゲンガーの話だ。ホラーテイストであるがサスペンス要素もある人気はある映画。


 レビューを見る限り、面白いことは間違いないが、その分怖かったという感想も多く見られた。


 予告編を見た限り、ホラーが別に苦手ではない俺でさえ、少しだけ観るのを躊躇ってしまうほど。


 とてもじゃないが、ホラーが苦手な絢瀬さんが観れるものではないだろう。


「というわけなので、これは止めて別の映画を観ようと思うのですが」


「え?」


 俺の発言に対して絢瀬さんは驚いたリアクションを見せる。

 チケット買ったのに? という普通の反応ではあるのだけれど、今回はそうせざるを得ない。


「せっかく買ったのにもったいないよ」


「いやでも、ホラー苦手なんでしょ?」


「ううん……」


 眉をしかめて唸る絢瀬さん。


「でも、一人じゃないし……佐古くんもいるから大丈夫だよ」


 全然大丈夫と思っていない顔でそんなことを言う。俺がいたからと言って受ける恐怖は変わらないだろうに。


「いや、ほんとチケット無駄になるとかは全然いいから」


「いやいや、ダメだよ。せっかく佐古くんが買ってくれたんだもん」


 意外と頑固なんだな。


「私は今日、その映画を観ます! これは決定です!」


 自分の言葉は曲げない、という気持ちがひしひしと伝わってくる。こうまで言うなら、きっともう観ないという選択肢はないのだろう。


 どうなっても知らんぞ。


「わかったよ。それじゃあ、これを観よう」


「うん。でも奏には一言言っておくね」


 笑顔で言いながら、絢瀬さんはカバンからスマホを取り出した。何を言うのかは知らないけど、あの笑顔はなんだか怖かった。

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