第36話 初デート①
土曜日。
その日の起床は朝の六時だった。いつもならば確実に起きることのない時間である。
休日ということもあり、両親はまだ眠っている。そんな中、俺はとりあえずシャワーを浴びる。
人生において、これまでしたことのないいわゆる朝シャンというやつだ。これはどうして朝シャワではなく朝シャンなのだろうと、どうでもいいことを考えながら汗を流す。
その名に習ってシャンプーやトリートメントも行う。
「……ふう」
いつもはこんな早く起きることはない。早くても起きるのは十時くらいだ。
だというのに、どうして今日はこんなにも早く起きているのかというと、それはとても大事な日だからである。
つまり、デート。
絢瀬さんと二人で出掛ける。
それをデートと言っていいのかはわからないけど、男女が二人で出掛けるのはもはやデートだろう。
でもその定義だと兄妹とかでもデートになってしまうので、お互いが異性としての好意を持っている状態で出掛けることをデートとしよう。
でもそうすると今日のこれがデートにならない可能性が浮上するので、デートと思えばそれはデート……ということにしておこう。
シャワーを終えた俺は自室に戻り、クローゼットを開ける。
自分で言うのもなんだけどファッションセンスは皆無と言っていい。なので以前に服を選んでもらったわけなのだが。
おしゃれになることは厳しいので、せめて普通の服装でいられればそれでいい。
最近は朝にランニングしたりしてるので体重も少し落ちた。シルエットもだいぶスラッとしたので見た目も幾文かはマシになったことだろう。
ちなみにどうして今日はランニングに行っていないのかというと、万全の状態でデートに臨みたいからだ。
一つのミスも許されねえ。
ジーンズに白シャツ、その上から紺の半袖ジャケットを羽織る。
「……うん、普通だ」
少なくともオタクっぽさとか似合わないという感じはない。どこにでもいそうなどこかにいる普通の人だ。
だがそれでいい。
集合時間は十一時。
シャワーやら何やらを済ました現在は七時。めちゃくちゃ時間を持て余してしまった。
することないし、ネットでデートに関する情報を仕入れておくか。必要になるかはともかく、備えておくことにこしたことはない。
備えあれば憂いなし。
いい言葉だなあ。
とはいえ、ネットを開いてしまえばそんな上手く予定通りに進むはずもなく、ネットサーフィンなんて言い方をすれば聞こえはいいが、とどのつまりあれやこれやを見ているうちに時間は経過する。
気づけば、もう十時前だった。
ウイキペディアはともかく、ユーチューブはやっぱり駄目だな。時間の感覚を狂わせる。
最初こそデートでのNG行動とか調べてたけど、ウイキペディアを経由し最終的にユーチューブに到着してしまった。
「……行くか」
待ち合わせ時間に遅れるわけにはいかない。そんなの言語道断である。
故に出発には余裕を持たせるつもりだったのに。
十時には待ち合わせ場所に到着しておくくらいのつもりだったが、こればかりは仕方ない。
ユーチューブを恨むのみだ。
家を出て駅に向かう。
その間だけでじんわりと汗をかいてしまう。朝シャンの意味よ……。
とはいえ、夏なのでこれは仕方のないことだ。
汗対策のブツも用意している。
今日の俺は抜かりない……はずだ。
電車に乗り込み揺られること三十分。その間に汗を拭き、スプレーを振る。
目的地はこの辺で一番栄えている場所だ。学生どころか大人であっても休日ならとりあえずここに来るくらいにいろいろ揃っているスポット。
人が多いというデメリットはあるが、とりあえず何でもあるというメリットが非常に大きい。
なのでアドリブが効く。
これが地元の映画館だった場合、映画が終わってすることがなくなる恐れがある。
ウインドウショッピングだってどれだけ時間を潰せるか分からないわけだし。
駅についた時点で時間は待ち合わせのおよそ十五分前。駅で待ち合わせという部分しか言っていないので、具体的な場所は決まっていない。
改札前は人が多く、待ち合わせをするにはあまり向いていないと判断した俺はホームに戻る。
降りてくる乗客は多いが、ホームで立ち止まる人はほとんどいない。なので、ここならば容易に合流できるだろう。
外にいると暑いので、エアコンの効いた休憩スペースに向かいながら絢瀬さんにメッセージを送る。
すると、すぐにピコンと通知が来る。開くと『りょうかい』という文字と可愛らしいうさぎのスタンプが送られてきた。
なんだっけ、なんかのキャラクターだった気がするけど覚えてないや。でも絢瀬さんが送ってきたというだけで可愛く見えるのが不思議だな。
休憩スペースに入ると、外とは比べ物にならないくらいに空気が冷えていた。
ここは天国かな? なんて思いながら空いているイスに座り、スマホをいじる。
シュッシュッとスマホを触ること五分。時間にして十時五十分を過ぎた頃。
「おはよ」
可愛らしい、聞き慣れた声がした。
俺はバクバクと激しく動く心臓を必死に落ち着かせながら、どうしても上がる口角を何とか抑えながら、緊張と不安で吐きそうな気持ちを隠しながら、ゆっくりと顔を上げる。
膝丈の黒色フレアスカートから伸びる白い足。
サンダルから見える素足。
スレンダーなボディラインを覆う白いシャツ。
目立たない程度のナチュラルメイク。
普段見ることのないポニーテール。
その全てが新鮮だった。
数秒間、思わず言葉を失った俺に見られていた絢瀬さんは戸惑ったようにぱちぱちと瞬きをして視線を逸らす。
「ど、どうかした?」
「……可愛い」
「へ?」
「え?」
あ、しまった。
心の声漏れた!?
「あ、いや、違くて。いや違わないけど。でもそういうことじゃなくて!」
立ち上がり、下手くそな弁明をするが何も訂正できていない。自分の愚かさを恨んでしまう。
「変、かな?」
「全然でふ」
噛んだ。
もう最悪だよ……。
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