第35話 中井美帆
「あれ、円香?」
俺と高峰がベンチに腰掛け雑談(主に俺の初デートに関する相談)をしていると、近くを通りかかった女子生徒がこちらに気づいた。
「ん? あー、美帆」
「こんなところで何して……って、佐古?」
美帆と呼ばれたその女子生徒は俺の方を見て、うげっという顔をする。人の顔を見てそんな表情を作るのは失礼極まりないと思う。
しかも初対面だぞ。
「知ってるの?」
「知ってるも何も、クラスメイトだし」
え、そうなの?
「え、そうなの? って顔してるけど?」
「はあ?」
眉間にシワを寄せ、その女子生徒は俺を睨んでくる。気持ちは分かるけれども。
俺みたいな奴でも自分が知ってる相手に認識されてないのは腹立つよね。
もう一度よく見る。
ブラウンの髪は肩より少し長いくらい。前髪はきれいに切り揃えられている。ぱっつんってやつか?
化粧はそこそこ。
長いまつ毛が地毛かの判断はつかないが目は大きい。それもどうとでもなるらしいから本来のものかは分からない。
高峰同様にボタンは開けてあるので鎖骨が見える。胸はそこそこだ。高峰ほどはないが十分な女性らしさを感じる。
スカートは絢瀬さんや奏に比べると短い。ギャルといえばそんなもんなのかもしれない。ならパンツが見えても怒らないでほしい。
スラッとした太ももを黒のニーソが守る。高峰に比べると少し身長は低いように見えるな。
「……」
うん。
やっぱり覚えがない。
「完全に覚えてない顔してるんですけど」
お怒りな様子の女子生徒が俺を睨んでくるので、隣でケタケタと笑う高峰にヘルプサインを出す。
「あんたもクラスメイトの顔くらい覚えときなよ。彼女は中井美帆。アタシとは中学のときからの付き合いなの」
中井美帆……。
そんな名前の人がいたような気がするな。よりによって中井という名字はそれなりにいるのでどこかで聞いていてもおかしくはない。
「覚えときます」
「別にいいわよ。この先も関わることないだろうし」
可愛い顔してるのに言うことキツイなあ。
「円香はどうしてそんなキモ野郎といるわけ?」
「たまたま会ったから。暇つぶしに喋ってただけだよ」
「どういう関係?」
中井は怪訝な顔をする。
そりゃそうだ。
ちょっとした理由で俺と高峰は関わりを持ったけど、本来ならば接点なんかなかったわけだし。
「まあ、端的に言うと体だけの関係?」
「……言い方よ」
「か、かかか、体!?」
高峰が言うと中井は顔を真っ赤にして言う。テンパっているのが目に見えて分かった。
「そーそー。痴漢にあってるところを助けられたからお礼しようと思って。そしたらさ、思いの外上手くてね」
「あんまりそういうこと言いふらさないでほしいんだけど」
「褒めてるんだけど?」
「それでもだよ」
俺が言うと、高峰は「そお?」と言う。そして、思いついたように手のひらを合わせる。
「あ、何なら美帆もやってもらえば?」
「はあ? ソイツと? 絶対イヤ!」
ですよね。
俺もです。
「でもほら、処女っていろいろ面倒でしょ? 誰だっけ、好きな人……」
「圭介?」
「そうそう、圭介。そいつだって処女相手にするのは嫌がるんじゃね?」
「そ、そうなの?」
「重たいっていうか。ねえ?」
俺に振るな。
知らねえよ。
中井もこちらを見てくる。
「……別にそんなことはないと思うけど。相手が初めてって嬉しいもんじゃないかな」
「ふーん、そうなんだ。中古のアタシだと不満だったわけだ」
「そんなことは言ってない。コメントに困る発言は控えてくれ」
なんて返せばいいんだよ。
「美帆はその圭介って奴と進展あったの?」
ジュースを買おうと自販機と向き合っている中井に高峰が言う。
「んー、あるかないかで言うならない」
「ないんじゃん」
ボタンを押し、ガコンと出てきたジュースを取るために腰を曲げる。その際、短いスカートをしっかり押さえていたのは何だか意外だった。
気になるなら長くすればいいのに。
「少しずつアタックしてるからいいの!」
「でも、別の女を気にしてるんでしょ?」
「……まあ」
どうやら中井には意中の相手がいるらしいが、上手く進展していないようだ。
ビッチっぽい容姿のわりにピュアな恋愛しているんだな。
少しだけ親近感が沸く。
「でもでも、最近はあんまりその人とは話してないんだよ?」
「なんで?」
「知らないけど」
「全く喋ってないの?」
「……全くというわけでは」
中井は唇を尖らせながら視線を逸らす。
あのリアクションだと、そこそこ喋ってそうだな。彼女の恋愛は前途多難そうだ。
俺も人のことは言ってられないが。
「その相手の子って可愛いの?」
「可愛い。とびきり可愛いわ」
「ふーん。アタシ知ってるかな」
「絢瀬紗理奈。結構有名だと思うよ」
「……覚えがない。そんなに有名なの?」
「可愛いからね。男子で知らない人はいないんじゃない?」
ん?
この人、今なんて言った?
絢瀬紗理奈って言ったよね?
この学校に絢瀬はいても絢瀬紗理奈は一人しかいなくない?
そりゃ彼女の言うとおり可愛いし、その上優しいし気さくだし悪いところを上げようにも思いつかないくらい良い子なんだから、彼女を好きな人はいくらでもいるだろうけど。
俺もその一人だし。
「あんたは……ってさすがにクラスメイトだし知ってるか」
「うん、まあ」
「わたしのことは知らなかったけどね」
棘のある言い方をしてくる中井。
今はそれどころではない。
え、誰だ?
中井の言い方的にそこそこ話してるらしいぞ。
確かに絢瀬さんは基本的に友達に囲まれている。でも、そのほとんどが女子生徒だ。
男子もいるはいるけど、頻度としては非常に少ない。
絢瀬さん自身があんまり男性をよく思ってないみたいなことをこの前言っていたな。
絢瀬さんに話しかける男子の中で思い出せるのは安東だけだ。他の男子は顔は出てきても名前は出てこない。
俺の中の登場人物名簿役に立たなさすぎるな。
ん?
あれ?
「あの、中井」
「なによ?」
「中井が好きな男子って」
「圭介でしょ?」
俺の恐る恐るな質問に答えたのは高峰の方だ。
「ちなみに、名字は?」
「あー」
それは知らないらしく、高峰も中井の方を見る。二人から見られた中井はかったるそうな顔で答えてくれた。
「安東だよ。安東圭介。クラスメイトの名前くらい覚えときなよ」
思い出した。
中井……。
その名前をどこかで聞いたような気はしていた。
どこででも聞くような名前だけど、そういうことじゃなかった。
元の時代で如月と話していたときに登場した名前だ。安東が絢瀬さんと再会する前、関係を持っていた女性。
こいつがそうなのか。
「……」
「な、なによ?」
どうやらぼーっと見ていたらしく、不快感を前面に出した顔で俺を睨んでくる。
「いや、えっと……頑張ってください」
「あんたに言われなくても頑張ってるし、これからも頑張るわよ」
もしあなたが、本当の意味で安東の心を掴むことができたならば、彼も変わるかもしれない。
それは間接的に俺の目的達成に大きく関わる。
彼女には、ぜひとも成果を上げてほしいところだ。
せフレとかヒモとか、そういうのじゃなくて、恋人になれることを密かに祈っておこう。
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