第34話 アドバイス


 高峰円香。


 俺がこの時代に戻ってきて、一番最初に出会った女の子だ。

 痴漢にあっているところを助けた結果、お礼がしたいだなんだで関わるようになった。


 結論を言うと、体を重ねた。

 まあ、そのおかけで俺は未来と過去を行き来できたので感謝しなければならない。


 そんな彼女だが、別に俺と友達というわけではない。

 なので連絡を取ることもないしわざわざ会いに行くことも、ましてや来ることもない。


 偶然会ったときに世間話をする程度。まあ、そのあとにホテルに行くということはあったが。


「久しぶりだね」


 校内で彼女の姿を見かけた。

 知った顔なので無視するのもおかしいけど、どう声をかけたものか悩んでいると、あちらがフランクに話しかけてきた。


「あ、おう」


 俺が詰まった返事をすると、高峰はぷぷっとおかしそうに笑う。


「なにそのキョドった返事。童貞かよ」


 長い金髪は校則に引っかかっているに違いないので教師から注意されているだろうに、相変わらず反省の色はない。

 カッターシャツのボタンは開けていてリボンも緩く巻いているだけなので、胸元が見える。

 スカートも短いので、すれ違う男子は嫌でも見てしまうだろう。何というか、存在がエロい。

 

「うるさいな。まだ昼だぞ」


「だから?」


「下ネタの解禁早いっつーの」


 しかも学校だし。

 居間となっては童貞ではないが、周りの奴らに俺が童貞だと思われたらどうするんだよ。


 ……考えてみると、何も困らなさそうだ。


「それで、何してんの?」


 ズズズ、と紙パックジュースを飲みながら高峰が訊いてくる。


「まあ、見ての通りだけど。ジュースを買いに来た」


「まあ、こんなとこに来る用事なんてそんなもんか」


 学食前には自販機が並べられている。紙パックジュースや缶ジュース、アイスクリームの自販機まで置いてあるので中々に有能だ。


 昨日、絢瀬さんと話したのもここである。


『俺と二人だと、やっぱりダメかな?』


 そのときのことを思い出す。

 奏に振られ、みんなで遊びに行くという作戦を実行できなくなった俺は一か八か二人で出掛けることを提案した。


 絢瀬さんは暫し、考えるように難しい顔をして黙っていた。

 あの間は断られるやつだった。仕事してるときに何となくそういう空気を味わったことがあったのだ。


 しかし。


『うん。せっかく誘ってくれたんだし、お出掛けしよっか』


 と、まさかのオッケーだった。

 危うくその場で跳ねて喜びそうになったのだけれど、何とかテンションを抑えてクールに過ごした。


 今週末、俺は絢瀬さんと二人で出掛けることになった。

 今が木曜日なのであと少しだけ時間がある。


 何の準備もせずに挑んで成功するはずがない。俺はこの与えられた僅かな時間で準備をしなければならないのだ。


「そっちは?」


「ん?」


 俺が尋ねると、高峰は気の抜けた返事をしてくる。口に入れていたストローを出し、見せてくる。


「見ての通りだけど?」


 ジュースを買いに来て、飲んでいたというところか。

 ということは暇なのだろうか。


 高峰は女の子だ。

 何かアドバイスが貰えるかもしれない。


「じゃあ特に用事ないの?」


「うん」


「ちょっと話さないか?」


「エロい話?」


「普通の話」


 即答すると高峰はつまらなさそうに「ちぇー」と唇を尖らせて、そのあとに笑う。


「まあいいよ。付き合ったげる。暇だし」


 ということで俺たちは近くのベンチに移動する。高峰が隣に座ると香水なのか、いい匂いがふわりと鼻孔をくすぐった。


 どうしてこう、コイツは男の欲望を撫でてくるのだろうか。


「それで?」


「あー、えっと」


 誘ったはいいけど、何て話せばいいだろう。


「女の子ってさ、休みの日とかどういうとこに遊びに行くの?」


「……なにその質問」


 呆れたような声だった。

 しかし、んーっと考えてくれるところ無視するつもりはないようだ。


「まあ、あくまでもアタシの場合だけど」


「うん」


「カラオケとか、ボウリングとか、あとはショッピングかな」


「そんな無難な」


「そんなもんでしょ。逆にどこに行くと思ってたわけ?」


「そう言われると思いつかないけど」


 訊き方を変えるか。


「高峰はデートしたことある?」


「また唐突な質問だね。そりゃ人並みにはしてきたよ」


「やっぱそうか。モテそうだもんな」


 スタイルいいし、可愛いし、実は優しいし話していて面白い。あとエロい。

 男が狙わない理由がない。


「……急になんなの」


 高峰は顔を赤くしながら、バツの悪そうな顔をしてそんな言葉を吐いた。


「いや、別に。それで、デートってどんなとこに行った?」


「……何となくあんたの訊きたいことは分かったけど、だとするとアタシの経験はあんまり役に立たないと思うよ」


「そんなことないだろ。女の子のデートに求めるものが分かるかもしれない」


「だからよ」


「だから?」


 別に声のトーンが変わったわけでも、表情が暗くなったわけでもないけど、何となく高峰が纏う雰囲気が変わったように思えた。


「ま、あんたには隠す必要もないから言ってもいいけど。アタシのしてきたデートはじゃないからね」


「……それはどういう?」


「相手がアタシを喜ばせようと計画したデートってこと。高級イタリアンとか、ジャグジー付きのホテルとか。言い出せばキリがない」


 ほらね? と、目で言ってくる。


 彼女がしてきたデートというのは、きっと俺が思っているものとは違う。


 デートという同じ言葉を使ってはいるけど、その中身は天と地ほども異なっているんだと思う。


「無難にショッピングとかがいいんじゃない? 話題に困らないしね」


「そういうもん?」


 高峰が空気を変えてきたので、俺はそれに乗ることにした。彼女のにどれだけ踏み込んでいいのかが分からないからだ。


「よく言うでしょ。初デートで遊園地はダメだって」


「聞いたことはある」


「あれ何でダメか分かる?」


 俺は少し考える。


「絶叫マシンとか無理な人は楽しめないから?」


「待ち時間が多いからだよ。待つ時間が長いほど、会話の機会は増えるでしょ?」


「良いことじゃないの? お互いのこと知れるし」


 俺が言うと、高峰はやれやれと深い溜息をついた。


「アトラクションの時間なんてせいぜい五分やそこらでしょ。圧倒的に待ち時間が多いの。それだけの時間をずっと楽しく過ごせるならいいけど、どうしても会話に困るもんなのよ。すると、女の子はそれをつまらないと錯覚してしまう。だから初デートで遊園地はダメってこと」


「なるほど」


「だから、いろんなところに会話のネタがあるショッピングなんかは初デートにもってこいってことだね」


 そういうことか。

 いやでも、ちょっと待てよ?


「会話のネタがあるのはいいけど、それで会話が続くという保証はなくない?」


「それはあんた側の問題でしょ。なら映画でも行けば? 終わってからも感想とか言い合えばいいし」


「なるほど!」


 確かにそうだな。

 映画か、悪くないな。


 これまで誰かと映画に行ったことはない。映画に行くのはいつも一人だったし、それは新鮮だ。


「なに、デートでもするの?」


「……まあ、デートかどうかはわからないけどそんな感じ」


「初デート?」


「まあ」


「初デートからホテルとか行かない方がいいよ。いくらテクニックがあるとはいえ」


「それはアドバイスされるまでもない」


 誰がそんなことするか。

 ていうか、ホテルに連れ込む度胸なんて微塵もないっつーの。

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