第33話 改めてのお誘い


 恋愛シミュレーションゲーム……いわゆるエロゲはそれなりにやってきた。


 あれは良い。


 なんといっても選択肢があるのがいい。提示された選択肢の中から最適解を選ぶだけでいいのだ。


 それに比べて現実さんよ。


 選択肢はなく、そもそも最適解を選んだとて好感度が上がるとも限らない。


 奏に言われて、俺は改めて絢瀬さんをデートに誘おうとしている。


 複数人で出掛けることを許してくれた彼女だが、俺と二人となると意見が変わるかもしれない。


 可能な限りバッドエンドルートへ行かないよう、誘い方を考えているのだが一向に考えが纏まらない。


 まあ、絢瀬さんは誰かしらと一緒にいて話しかける隙もないという言い訳を自分にしてついに昼休み。


 昼食を済ませた俺はジュースを買いに行こうと学食前の自販機に来ていた。


 今日は如月と二人での昼食だった。

 最近は奏もよく一緒に食べるようになったけど、たまに一人で食べる日もある。


 何かあるのだろうと深く訊いてはいない。そして、今日がその日だったのだ。


「……コーヒーでいいか」


 お金を入れてポチリとボタンを押してコーヒーを買う。

 偏見だけど、高校の自販機のラインナップにブラックコーヒーを入れたとして売れるのだろうか?


 何となく大人になってからというイメージが強く、そんなことを思ってしまう。


 プルタブを開けて、ごくごくとコーヒーを流し込む。一息つこうとそこら辺にある空いているイスに腰掛けた。


 ちびちびとコーヒーを飲みながら、改めて絢瀬さんの誘い方を考えようとした。


 まさにそのとき。


「おっす」


 後ろから肩をポンと叩かれる。


「うおッ!?」


 校内で俺に話しかける奴なんて如月か、せいぜい奏くらいなものだから油断しきっていた。


 なのでめちゃくちゃ驚いたし、変な声も出た。


 バクバクと唸る心臓を落ち着かせながら俺は後ろを振り返る。


「……」


「こんなところで何してるの?」


 絢瀬さんだった。

 周りを見ても人はいないので、どうやら今は一人っぽい。


「こっちのセリフなんだけど」


「私はジュースでも買おうかなと思って。そしたら佐古くんが寂しそうにしてたから」


「別にそんなつもりはなかったけど」


 そんな寂しそうな背中してたのだろうか。と、一瞬悩んだが絢瀬さんの顔を見ると冗談であることが分かった。


 おかしそうに笑っている。


「ちょっと待っててね」


 言って、絢瀬さんはてててと自販機の方に行ってしまう。

 待つも何も、俺はここでブレイクタイムの真っ只中である。


 ということで自販機に行き、ふらふらと何を買うか迷い、ジュースを買ってくる絢瀬さんを眺めながら暫し待つ。


 こちらに戻ってきた絢瀬さんが「隣、いい?」と訊いてきたので、俺は動揺しながらも平然を装いスペースを空ける。


「おじゃまします」


 言って、絢瀬さんは腰を下ろした。


 え、ちょっと待って。


 なに?


 なんで座った?

 

「……」


 そんな疑問を次々に抱きながら絢瀬さんの方を見ていると彼女は「なに?」と首を傾げてくる。


「あ、いや、何か用事でもあるのかなって」


「なんで?」


「座ったから?」


「用事がなきゃ、一緒にジュース飲んだらダメなの?」


「そんなことは、ないですけど」


「なんで急に敬語」


 くすくすと笑いながら、絢瀬さんはプルタブを開ける。


 何もなくても、俺といてくれるのか。


『あんたが思ってるほど、あんたの評価は低くない』


 ふと、奏の言葉を思い出す。


 彼女を疑っているわけではない。

 彼女は嘘をつかないから。


 ただ勇気が出ないだけ。


 でも、少しくらい勘違いしてもいいのではないだろうか。


「佐古くんはコーヒー? え、しかもブラック!?」


 俺の手元を覗き込んだ絢瀬さんは目を見開いて驚く。そんなお化けを見たようなリアクションをするほどではないだろうに。


「そうだけど。変?」


「変……ではないけど。苦くないの?」


「そりゃブラックだから苦いけど。その苦さを欲してるというか」


「私、砂糖とミルクは必須だよ」


 言いながら彼女が飲んでいるのはミルクティーだ。これも偏見だけど、何となく女子っぽい。


「そうすると、ちょっと甘すぎるんだよね。疲れたときとかにたまに飲むけど」


 といっても、それは仕事をしているときの話だ。しかも後半に至ってはそれではどうしようもなくなってエナジードリンク中毒になっていたのだが。


「大人だね、佐古くん」


「……ブラックコーヒーが飲めただけで大人になれるならどれだけ楽だろう」


 初めてブラックコーヒーを口にしたのは、仕事を始めて少ししてからだったろうか。


 あの苦味が大人の味だと確かに思った。そして、あの味を美味しいと感じるようになったとき、俺は自分が大人に近づいたと錯覚した。


 実際は何でもないのに。


 年齢だけを重ねて、精神も肉体も思考も経験も、何もかもが乏しいまま。

 大人とは程遠い、大人になったつもりでいる子供だった。


「あの、さ」


 何もしなかったから、俺は何も変わらなかったんだ。

 努力することを止めて、考えることを諦めて、ただ目の前のことをこなすだけの日々を送っていた。


 いつの間にか俺は前に進むことを止めていた。前に進めないと、心のどこかで諦めていたのだ。


 でも今は違う。


 神様がくれたこのチャンスを無駄にはしない。

 俺は幸せになってみせる。

 彼女も幸せにしてみせる。


 だから足掻くんだ。


「昨日言った……ほら、遊びに行こうみたいな話」


「あ、うん」


 どうしてか緊張感がこの場を支配した。俺につられたのか、絢瀬さんも表情が固いような気がする。


「奏に声かけたんだけど、まあいろいろあって断られてしまいまして」


「そうなの?」


「はい。なので、えっと」


 怖い。


 その一言を口にして、現実を突きつけられるのが怖い。


 全てが都合よく進む夢の中にいられたらどれだけ楽だろうか。


「……俺と、二人になってしまいまして」


「うん」


 言葉が詰まる。

 しかし、そのまま震える口を開けてなんとか吐き出す。


「俺と二人だと、やっぱりダメかな?」


 言った。


 言ってやった。


 二十六歳にもなってこんなことで緊張するなよって話だけど、経験がなければ誰だって初めては緊張するよ。


 こんなの実質デートのお誘いのようなものだし。


「……」


 絢瀬さんはこちらを見ながら、考えるように黙っている。


 俺はその答えをじっと待っていた。

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