第19話 イケメン


 それからさらに日が経った。

 何度も過去と現代を行き来するのはしんどい。なので、出来ることなら短期決戦で済ましたい。


 そのためには情報が必要であり、今現在その確たる情報がないのでタイムリープをしかねている。


 絢瀬紗理奈の親友であった大関奏でさえ、彼女の情報を持っていなかったことから、もう本人に訊く以外の手段が思いつかない。


 そして。


 連絡手段を絶たれた今、唯一彼女とコンタクトを取る方法は絢瀬さんが風俗に出勤したタイミングだけだ。


 しかし、中々出勤してくれないのが問題なのだが。


「……お前、最近ずっと風俗のサイト見てんな。そんな溜まってんの?」


 絢瀬さんは人気のある風俗嬢らしく、遅れを取ると出勤したとしても予約が埋まる恐れがある。


 なので、出勤が発覚したタイミングで予約を入れたいので、仕事中であっても隙を見てはホームページを確認している。


「いや、別にそういうんじゃないけど」


「そういうんじゃないやつは風俗のサイトなんか見ないって」


 確かにな。


 そんな感じで過ごしていたある日のことだ。


 風俗嬢の出勤情報が更新され、絢瀬さんの出勤日が確定した。

 これまでは一週間で一度も出勤しないことも続いていたのに、どういうことか今度は一週間のうちの半分以上が出勤になっている。


「……まあいっか」


 ともあれ、これで会えるぞ。

 俺はできるだけ早い日にちの予約を入れる。

 それでも確約したのは一週間後なので、もどかしい時間が続く。


 考えてみれば、絢瀬さんが風俗で働いていなければコンタクトすら取れなかったってことだよな。


 ほんと、風俗万々歳だよ。


「久しぶりだね、太郎」


 せっかくなので如月真尋にも会うことにした。

 ラインでメッセージを交わして分かったことだけど、現代の彼は高校時代の陰キャイケメンオタクを卒業し、イケメンオタクになっていた。


「おっす」


 仕事終わりに適当な居酒屋で合流する。

 俺は相変わらず残業を強要されたので集合時間を余裕で過ぎてしまったが、如月は「仕事だもん、仕方ないよ。お疲れ様」と笑顔で許してくれた。

 なにこのイケメン。

 女じゃなくても惚れるわ。


 近況報告もほどほどに、趣味についてなどの話を軽く交わした後に如月が思い出したように言う。


「そうそう。この前言ってた」


「ん? ああ、なんか分かった?」


 この飲み会をセッティングするラインの最中に絢瀬さんのことについてを軽く話した。


 奏にタイムリープのことを話そうとしたとき、何かしらの力によって阻止されてしまったことを思い出し、俺はラインでそのことについてを如月に伝えようとしてみた。


 声が出せないだけならば文字で解決する。

 そう思ったのだが、結果としては文字化けするという形で終わった。そりゃそんな簡単に攻略できるはずはないが。


 なので、タイムリープのことを伝えるのは諦め、何となく気になるからというフワッとした理由で通すことにしたのだ。


「安東のグループにいた中井さんって覚えてる?」


「覚えてない」


 誰だよそれ。

 多いんだよ、新キャラ。

 こっちはクラスメイトの大多数のことを覚えてないんだから、覚えるの大変なんだぞ。


「まあ、そうだと思ったけど」


 如月はおかしそうに笑う。

 ここ笑うとこ?


「ずっと仲が良かったらしいけど、彼女も今では連絡も取ってないみたい」


「それは普通に疎遠になった的な?」


 俺が訊くと、如月は微妙な頷くを見せた。


「というよりは……うん、まあこの場に彼女はいないし、端的に言葉を選ばずに言うなら、のかな」


「捨てられた?」


 俺は意味が分からず、オウム返しをしてしまう。

 いや、もちろん捨てられるの意味は分かっているけれど、それに至る理由というか、状況が分からない。


「うん。高校を卒業してからも関係は続いていたらしいけど、ある日突然会わなくなったんだって」


「そりゃまたどうして」


「聞いたところだと、もう用済みみたいなことを言われたらしいよ。酷い話だよね」


 用済みって。

 確かに酷い話だが。

 全然知らん人だけど同情するわ。


「中井と安東の関係って彼氏彼女ってこと?」


 俺の質問に、如月が難しい顔をした。どうやら違うようだ。


「ううん、いや、どっちかっていうとセフレになるんじゃないかな。卒業してからはヒモとかね」


 安東ほんとにクソ野郎だな。


「考えるに、僕はそこに絢瀬さんが関わってるんじゃないかと思うんだよ」


「どうしてそう思うんだ?」


「これはあくまでも憶測だけど、これまで中井さんが担っていたポジションに絢瀬さんがついたんだ。だから、必要なくなった中井さんは捨てられた」


「なるほどね」


 奏の話だと、高校二年の夏休み後の時点で絢瀬さんには多少なりの変化があったらしい。


 それからも奏と絢瀬さんは友達でいたし、卒業してからも変わらず会っていたと言っていた。


 しかし、二年前のある日、プツリと連絡手段が途絶え、コンタクトが取れなくなった。


「その、中井が捨てられたのはいつ頃か訊いた?」


「んー、聞いたような気がするけど覚えてないな。でも割と最近だったような」


「最近ってことは今年に入ってからとか?」


「いや、ここ一、二年くらいだったかな」


 最近の定義って大人になるにつれて曖昧になってる気がする。


「そうか。助かったよ」


「こんな情報しか手に入れられなかったけどね。よく分からないけど、役に立ったなら良かったよ」


 イケメンだ。


 なんだコイツ、ちょっと見ない間にめちゃくちゃイケメンになってるじゃないか。


 中身までイケメンになってしまったらもう完全体パーフェクトイケメンじゃん。


 にも関わらず俺みたいな底辺と関わってくれてるところもイケメン。


「ちなみに、その中井とはどうやって連絡取ったの?」


「本当にたまたまだけど、先輩に連れて行かれたバーで働いてたんだよね」


「バー?」


「うん。まあ、ちょっと卑猥なやつだけど。そのあと一度飲みに行ってね、そのときにちょろっと訊いてみた」


 コイツめちゃくちゃコミュ力上げてんじゃねえか。

 高校のときなら女子に話しかけることさえ躊躇っていたのに。


「お前みたいなイケメンの相手できるなんて、そのバーの嬢は幸せ者だな」


「それ褒められてる……?」


 とびっきりの褒め言葉だったのだが、如月は引きつった笑いを見せた。


 人を褒めるってのは難しいな。

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