第18話 情報収集②


「紗理奈が変わってしまったのは……そうね、きっと高校二年の夏かしら」


「高二の夏……」


 って、もうすぐじゃねえか。


 いや正確にはもう済んだ話だけど。


「変わったっていうのは?」


「そこは私も詳しくは知らない。どれだけ訊いても紗理奈は教えてくれなかったわ。何度訊いても、顔を赤くしてなんでもないって言うだけだった」

 

 ヤッたんだろうなあ。

 奏は筋金入りの男嫌いだったし、そんなことは言えなかったんだろう。


「もちろん私との接し方が変わったわけではないし、周りはその違和感に気づくことさえなかった。でも確実に、紗理奈の心に変化はあったと思う」


「それっていつ頃のことか覚えてる?」


「もちろんよ。私がその違和感に気づいたのは夏休みが終わってからのこと。だからきっと、夏休みの間に何かあったんでしょうね」


「夏休み……」


 すげえリアルだな。

 ひと夏の間に一気に大人の階段登る奴いるもんなあ。


「それから少しずつ、ほんの少しずつだけど私達と紗理奈の関係はズレていった」


「私達?」


 俺の質問があまりにも間抜けなものだったのか、奏は心底驚いた顔を見せる。


「あんたもでしょ。なに、ほんとに記憶喪失にでもなったわけ?」


「あ、はは。いや、まあ」


 言葉が出ない。


 私達、と奏が言うくらいには俺は二人に関わっていたのか。

 どうしても、そこには少し驚いてしまう。


「……ほんと変」


「ごめん」


 俺があははと笑いながら謝ると、奏は「まあいいけど」と小さく呟く。

 彼女が優しいのか、あるいは普段の俺がこんななのか。後者でないことを祈りたい。


「高校卒業してからも絢瀬さんとは連絡取ってたの?」


「取ってたわよ。お互い仕事で忙しくなって頻度は減ったけどね」


 言ってから、奏は「あ!」と思い出したように大きな声を出す。

 

「そういえば、三年生になってからは感じていた違和感も少しずつだけど薄れていったような気がするわね……卒業するときにはそんなの気にもならなかったのは覚えてるわ」


 朧げなのか、奏は眉をしかめながら言う。


「ちなみに、その、なんで会わなくなったの?」


 多分。


 オリエンテーションがきっかけなんだろうとは思うけど、あれから俺は絢瀬さんと奏の二人とそれなりに関わって学生生活を送ったんだと思う。


 けれど、高二の夏に絢瀬さんに僅かながらの変化があって、その変化が長い年月を掛けて大きくなっていった。


「二年前……だったかな。ある日突然、紗理奈のラインのアカウントが消えてた。電話しようとしたら番号も変わってて、他のSNSも全部なくなってたわ」


 そして。

 

 絢瀬さんと会わなくなったからか、そうでないかは分からないけど、こうして俺と二人で会うことが増えたのかな。


 雰囲気は随分柔らかくなったけれど、でも刺々しさは言葉や行動の節々から感じる。


 オリエンテーションのときに感じだ、彼女の人付き合いに関しての不器用さはそう簡単に直らなかったのだろう。


「それからは絢瀬さんがどうなったかは知らないってこと?」


「ええ」


 つまり、絢瀬さんが風俗にいることは知らないわけだ。

 ならば言う必要はないよな。


 親友が風俗で働いていることなんて知りたくないだろうし、親友に風俗で働いていることを知られたくもないだろう。


「何か知ってるの?」


「え、なんで?」


「知ってる顔してたから」


「……どんな顔それ」


 そんな顔してたの?

 俺は自分の頬に手を当てながら言う。


「何年の付き合いだと思ってんのよ。それに、あんた昔から嘘つくの下手くそだったし」


「あ、はは」


 そうなんだ。

 これでもブラック企業にいたことで思ってもないこと言うのは得意になったはずなんだけど。


「でも、無意味なことをする奴でもなかった。咄嗟に誤魔化そうとした嘘にも何かしらの意味があった」


「……ごめん」


「なんで謝るのよ。別に責めてなんてないわよ。だから、あんたが言いたくないなら私は訊かないわ」


 なんでそんなに信用してくれてるんだろう。俺と彼女の間に何があったんだろう。


 もしかしたら特別なことなんてなかったのかもしれない。

 彼女と過ごしたこの十年が、俺達の間にそんな信頼関係を生んだだけということもある。


 それを覚えていないことが、少しだけ寂しく思えてしまう。

 タイムリープによる記憶のズレは、そういう感情的な部分にもダメージを与えるようだ。


 初めてタイムリープするまでは、人との関わりに未練なんてなかったのに。


「変なこと言ってもいい?」


「変なこと?」


 俺が真面目な声色で言ったからか、奏は眉をしかめるだけだった。


 タイムリープのこと、もしもここで話したら彼女は何て言うだろうか。


 信じてくれるか?


 それとも、バカにしてくるか?


 分からないけれど、俺のことを信用してくれている奏を見ていると話したくなった。


 もしかしたら、強力な協力者になってくれるかもしれない。


「実は、俺は――」


 言おうとした。


 確かに俺は言葉を吐こうとした。


 けれど、俺の口から


「あ、あれ。俺は――」


 もう一度試す。


 しかし、やはり声は出ない。


 彼女からしたら俺は口をパクパクさせているだけだ。


「なに?」


「あ、いや、その、あはは……やっぱ何でもないや」


「なにそれ」


 呆れたように肩をすくめた奏はジョッキに残ったアルコールを一気に飲み干す。


 どういうわけか、タイムリープのことを言おうとすると声が出なくなる。

 

 こういった現象に巻き込まれた主人公が何かしらの不思議な力でそれを言えなくなることはよくある話だ。

 もちろん漫画の中の話だが。


 そもそもタイムリープ自体が非現実的なことなのだから、何かよく分からない力でそのことに関しての言葉が発せなくなってもおかしくはな……いのか?


 なんか非現実に慣れすぎて感覚が麻痺しているような。


 タイムリープについてのことで誰かに相談はできないのか。


 俺一人の力でどこまでできるのか。


 そもそも、どうして俺なのか。


 分からないことだらけだ。


「なんか変な空気になったわね」


「ごめん。変なこと訊いて」


 奏が追加のアルコールを注文したので俺も同じものを頼む。


「せっかくの久しぶりの飲みなんだから、楽しく飲みましょう」


「そうだな」


 その後はたわいない話をしながら久しぶりのアルコールを楽しんだ。

 ぐびぐびと酒を煽っていたから、居酒屋を出る頃には奏はベロベロに酔っていた。


 

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