第17話 情報収集①


 現代に戻ってきてから数日が経過した。


 その日、仕事を終えた俺はとある居酒屋へと足を運ぶ。

 というのも、大関奏と連絡を取ったところ、そういうことなら飲みにでも行くかということになったのだ。


 メッセージを交わした感じからして、中々にフレンドリーだったことに驚いたが……。


 言われた居酒屋に入り、奏さんの名前を店員に言うと奥の個室に案内された。


 個室の居酒屋って何でかテンション上がるんだよなあ。なんでと言われると分からんけど。


 扉を開けてもらい中に入ると大関奏が一人で枝豆をつまみながらビールを飲んでいた。


「おつかれー。遅いから先に飲んじゃった」


「あ、いや、それは全然」


 めちゃくちゃフレンドリーだ。


 予想はできていたけど、友達の距離感に俺は少しだけ戸惑う。

 あっちは何も変わらないからいいけど、俺はその距離感にまだ慣れていないのだ。


「はい」


 奏さんは俺が向かいの席に座るとドリンクメニューを渡してくれた。


「とりあえず生で」


 ドリンクの注文を待っていてくれた店員さんにそれだけ言う。奏さんが「あ、生もう一つ」と早々に追加注文した。


「……なによ?」


 俺の視線に気づいたのか、奏さんは不満げな顔をこちらに向ける。


「あ、いや」


「言っとくけどまだ二杯目だから」


「ああ、そうなんだ」


 の割には、ちょっとテンション高い気がする。

 あと、いつからいたのかによっては二杯目であれ驚く速さだよ。


「なんでそんな他人行儀なわけ?」


「そう見える?」


「なんか高校のときみたいな距離を感じるわ」


「……気のせいだよ」


 鋭いなあ。

 しかし、これだと他人行儀に思われるのか。人との距離感を測るというのは実に難しい。


 こうなったら酒に頼るしかない。


 俺はぐいっと生ビールを煽る。


「お、いい飲みっぷり。なんか嫌なことでもあったわけ?」


「……そういうわけじゃないよ。久しぶりのアルコールだなと思って」


 それは事実だ。

 つい先日まで高校生してたしな。こっちに戻ってきてからも仕事に追われてそんな余裕なかったし。


 そして久しぶりだからか美味え。五臓六腑に染み渡りやがる。


「ふーん。ま、それは私もなんだけどね。だから今日は飲むのよ!」


 言って、奏さんもぐいっと生ビールを煽った。


「奏さんはお酒好きなんだね」


「……は?」


 ジョッキから口を離した奏さんが眉をへの字に曲げてこっちを向く。


 しまった。

 これまでも飲みに来たことはあっただろうから、さっきの発言はよくなかったか。


 今更何言ってんだよ的な。


「何で急にさんとか付けるのよ?」


「はえ?」


 的外れな奏さんの意見に俺は間抜けな声を漏らした。

 いや、どちらかと言うと俺の予想が的外れだったのか?


「あ、ごめん。なんか昔のことをふと思い出しちゃって」


 誤魔化す。


 発言一つ一つに気を遣わないと相手に違和感を与えてしまう。

 別にタイムリープのことを秘密にしなければならないわけではないが、言っても混乱させるだけだろうから言うつもりはない。


 今の世界が俺の過去改変によって出来た世界だなんて知りたくはないだろうしな。

 

 なので、変に勘ぐられたくもない。


「ふーん。確かに高校生のときはそんな呼び方してたわね。昔のこと過ぎて忘れてたわ」


 俺からすれば数日前だが、彼女からすれば十年も前のことになるので懐かしくもなるか。


 奏、か。

 慣れないなあ。


 いつから呼び方変わったんだろうな。

 気になるけど、訊くのも変だから訊けない。


「まあ、そんなことはどうでもよくて」


「どうでもいいのか」


 注文した品を持ってきた店員さんに追加のアルコールの注文を済ます。

 めちゃくちゃハイペースだぞ。そんなにお酒強いのか?


「それで?」


「ん?」


「ん? じゃないわよ。なんか話あるんじゃないの?」


「どうして?」


「あんたから飲みに誘ってくるのが珍しかったから。いつも私からじゃん」


 この時代でも結局人を誘うのは苦手なのか。その辺も成長してくれててもいいのにな。


 しかし、そうか。

 だとするならば何かあったと思っていても不思議ではない。


 それに、事実わけだし。


 やけにアルコールを入れるペースが早いし、酔われる前に訊いておいた方がいいか。


「なるほどね。まあ、その、ちょっと気になることがあって」


「気になること?」


 こくり、と俺は頷いてから一度生ビールで喉を潤す。

 訊き方一つで印象は変わる。


 彼女にとって絢瀬紗理奈は間違いなく親友だったはずだ。


 今現在、その関係がどうなっているのかは分からないが、俺と関わっているくらいだから友達だったに違いない。


 どうアプローチするか。


「その、絢瀬さんに……ついてなんだけど」


 結局、これといった案が出てこなくてシンプルな訊き方になってしまう。


「紗理奈?」


 瞬間、彼女の眉がぴくりと動く。

 その反応を見ただけで、何となく良く思っていないんだろうということが伝わってくる。


「う、うん。最近、連絡とか取ったりしてる?」


 この話も以前にされているなら不自然な質問になる。しかし、こればかりは仕方のないことだ。


 俺の質問に、奏はふんと大きく溜息を漏らす。それはどういう感情の現れなんですか?


「取ってないわ。というか、取れない」


「取れない?」


「あんたも知ってるでしょ?」


「あ、えっと……」


 何があったんだ?

 もちろん、今の俺は知らないことだ。


「知らない間に番号もラインのアカウントも変えられてたでしょ」


「え」


 そうなの?


 さっきの言い方からすると、俺も絢瀬さんの連絡先を知っていたということか。


 でも、何かしらのタイミングで彼女への連絡手段が全て絶たれた。


「ま、どうせあのクソ野郎のせいだろうけど」


「クソ野郎って……もしかしてだけど、安東?」


「そいつ以外に誰がいるのよ。本当に許せないわ」


 眉間にしわを寄せながら、奏は低い声を漏らす。


 つまり、やはりというかなんと言うか、この世界線でもまだ絢瀬さんに安東が関わっているということか。


 そりゃそうだよな。

 風俗で働くという結果が変わってないわけだし。


 安東に関わりさえしなければ絢瀬さんは風俗で働くことにもならないはずだし。


「絢瀬さんに何があったのか、訊いてもいい?」


「なんで今更そんなこと訊いてくるわけ?」


 ご尤もな質問だ。


「えっと、ちょっと気になって……みたいな」


 俺の雑な誤魔化しに奏は訝しむような視線を向けてくる。が、少しすると諦めたような溜息を見せた。


「まあ、いいけどさ」


 彼女の言葉に、俺はほっと胸を撫で下ろす。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る