第11話 オリエンテーション


 オリエンテーション当日。

 生徒全員で集合するということはなく、グループ毎に決めた場所に集合することになった。


 各チェックポイントに教師が待機しているらしく、サボっているかどうかも回っているかで判断される。


「……チッ」


 我々のグループは集合を済まし、早々に第一のチェックポイントに向かおうと電車に乗り込んだのだけれど、空気が非常に悪い。


 というのも、俺の隣にいる奏さんがさっきから不機嫌そうに舌打ちをしている。

 もう何度目か分からない。


「絢瀬は何が好きなの?」


「ん、んーそうだなあ。甘いものは基本的に好きかも」


「そうなんだ! 俺、いい店知ってるよ。行こうよ」


「……う、うん」


 原因は目の前で繰り広げられているこの光景だろう。

 絢瀬さんと安東が二人で並んで座り、俺と奏さんはそれと向き合うように座っている。


 集合してから今に至るまで安東が絢瀬さんの隣を占拠しているのが気に入らないのだろう。


 つまり空気が悪いといってもこっちだけなのだ。


「あ、あの……奏、さん?」


「あ゛あ゛?」


 めちゃくちゃ怖えじゃん。

 同じグループなのに仲良くする気皆無過ぎて笑えない。


「いや、せっかくだし交友を深めようかと」


 女の子との距離の詰め方など分からないので手探りなのだが、こういうこと言うべきじゃなかったな。


「つか、名前で呼ばないでよ。気持ち悪い」


「へ?」


 名前?


「あ、えっと」


 ああ、奏って名字じゃないのか。

 確かに普通に考えれば名前だな。最近読んだ漫画のキャラクターの名前が『奏みなと』だったから勘違いしてた。


 だとすると相当キモいですね。


「ごめん。名前覚えてなくて……絢瀬さんが奏って呼んでたから」


「同じ班の生徒の名前くらい覚えとけよ」


「ごめん」


 お前は俺の名前覚えてんのかよ。

 自分で言うのもなんだけど存在感とか皆無だぞ?


「大関奏。ちゃんと覚えとけ」


「う、うす。大関さん」


「……チッ」


 それなんの舌打ちですか?

 俺には名前を呼ばれることさえ不快ということですねそうなんですね。


「どうしてそんなに不機嫌なの?」


「見て分かるでしょ」


 言いながら、大関さんは顎で前の二人を指す。まあ、でしょうね。


「あのチャラ男、ずっと紗理奈にベタベタしやがって」


「それが嫌なの?」


「当たり前でしょ。あんたは大切な友達がクソ野郎に絡まれてるの見て何とも思わないの?」


 不機嫌な様子を全面に出して大関さんが言う。


「そりゃ、まあ」


 というか、会話してくれるのか。

 これは大きな進展だな。

 

「何とか阻止しようとしてるけど、あのクソ野郎……中々隙を見せねえ」


 大関さんのその言葉を聞いて俺は確信する。

 この人と俺の目的は一致している。


 オリエンテーションまでの数日間、俺は安東と絢瀬さんを観察していた。

 そして、分かったことが幾つかある。


 そのうちの一つはこの大関さんのことだ。


 この人は友達が少ない。

 いや、いないと言ってもいい。


 絢瀬さんといないときは常に一人でいた。絢瀬さんが他の人に話しかけられると黙り込む。


 典型的なコミュ障だ。


 俺に対しても敵対心を向けていたのは絢瀬さんを取られるかもしれないと思ったからだ。


 つまり、やりようによっては協力関係になり得るということになる。


「あ、あの」


 しかし、何と言えばいいだろう。


 安東と絢瀬さんを仲良くさせたくないという目的は一緒だが、それに協力すると言えば理由を求められる。


 タイムリープのことを口にしても信じてもらえるはずはない。彼女にしたいわけでもないと伝えれば信じてくれるか?


「なに?」


「……絢瀬さんと安東を仲良くさせたくないということに関しては同意する」


「は?」


「だから、協力しないか?」


「なんで? あんたも紗理奈を狙ってるわけ? それなら同じ――」


「違うよ」


 ここは一つ、人間が仲良くなるために用いる手っ取り早い手段を使おう。

 実際に使う機会はなかったが、成功率は高いはずだ。


「じゃあ何で?」


「安東が嫌いだから」


 秘技、共通の敵作戦だ。


 バトル漫画とかでもある、前の章ボスが「今回は仕方なく共闘してやる」という理由で仲間になる胸熱展開である。

 

 それは現実でも起こっている。

 端的に言うならば陰口だ。同じ嫌いな相手の悪口を言っているとき、そいつらに仲間意識が芽生えるのだ。


「嫌いって」


「絢瀬さんは良い人だ。俺みたいな奴にも話しかけてくれる。そんな人が安東みたいなクソ野郎と仲良くなるのは我慢ならない」


「……そんなこと言いながら、紗理奈のこと狙ってんじゃないの?」


 なるほど。

 なかなかどうしてガードが固い。

 だが、その発言も想定内だ。


「俺みたいな男が絢瀬さんと釣り合うと思う? 自分で言うのも何だけど月とスッポン……いや、それ以下だよ」


 自分で言うのも悲しいが、これほどまでに説得力のある言葉もないだろう。


「……確かにね」


 ふむ、と顎に手を当て大関さんは納得する。


「いいわ。あんたに利用価値があるか、見定めてあげる」


 よし。

 これで協力関係が成立した。


 一人でどうしようか悩んでいたから非常に助かる。

 とはいえ、相手は強力だぞ。

 二人がかりでも阻止できるかどうか。


 

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