第10話 まさかの帰り道
「待って! ねえ、待ってよ!」
放課後。
今日も一日高校生を楽しんだなあという気持ちに満たされ、帰ろうと昇降口で靴を履き替えていると遠くの方からこちらに向かっている人影が見えた。
周りに人はいない。
俺?
でも声の主は女の子だぞ?
「は、はぁ、やっと追いついた」
驚いた。
走ってきていたのは絢瀬さんだった。
膝に手をついて、ぜえぜえと息を切らしている。そうまでして俺を追いかけてきたということか?
「あの、もしかしてなにか忘れてた?」
特に提出物とかはなかったはずだけど。
ぼっちはあらゆる情報を自分で仕入れなければならないのが難点だ。しかも盗み聞きで。
一応、如月とは話すようになったけどあいつも基本的にはぼっちなので問題の解決にはならない。
「はぁ、はぁ……え、なんで?」
「いや、追いかけてきたから」
ようやく呼吸が整ったのか、ふうと息を吐いて絢瀬さんは体を起こす。
長い黒髪が揺れる。
長いまつげが縁取る瞳も、小さな鼻も、さくら色の唇も、白い肌だってそうだが、大きな胸やくびれたウエスト、スカートから伸びる太ももまで、あらゆる要素が彼女が可愛く綺麗なパーフェクトガールであることを証明している。
「あ、ううん違うよ」
あはは、とおかしそうに笑う。
え、じゃあなに?
という俺の思考が表情に出ていたのか、絢瀬さんはこう付け足す。
「オリエンテーション、せっかく同じ班になったんだし仲良くなれないかなと思って」
「へ」
思いもよらない発言に俺は間抜けな声を漏らし固まる。
こんな展開はなかった。
いや、既に今の時点で一回目の世界線とはルートは分岐しているけれど。
それにしても、そんなことあっていいの?
「迷惑じゃないなら、一緒に帰ろうと思ったんだけど……だめ、かな?」
こちらの様子を伺うように上目遣いを向けてくる。この人にこの目を向けられて断れる人なんてこの世に存在するのか? いやしない。
「いや、そんな、光栄です!」
「……」
ああー、キモかったですねそうですね。
だってこんなときのユーモア溢れる返しなんて分からないんだもん。いや、別にユーモアある返しをしようとは思ってなかったけど。
若干引いたように見えた絢瀬さんだったが、ふふっと小さく笑ってくれた。
「光栄って、おかしい。クラスメイトだよ?」
「そ、そうですよね」
「敬語も変」
「あ、うん」
なにこれ天国?
あるいは夢?
いつの間にか授業中に居眠りして見てるのかな? だとしたら一生覚めないでくれ。
幸せを再確認しようと頬をつねっていると、靴を履き替えた絢瀬さんが戻ってくる。
「お待たせ。それじゃあ行こっか」
「はい!」
オーディションを受ける人にも負けないくらいのいい返事を見せた俺。上司にも「お前は仕事はできねえのに返事だけはイイもん返しやがる」と言われていた。
褒められてないんだよなあ。
そういえば絢瀬さんは電車なのかな。その辺も全然知らないんだけど、もしもこれで自転車通学ならこの幸せな時間は一瞬で終わってしまう。
そんな心配をしていたが、それはどうやら杞憂に終わってくれた。
徒歩で校門を出る。
これで、よほど家が近くない限りは電車であるはずだ。
「一年生のときも同じクラスだったのに、こうして話すことはあんまりなかったね」
「そう、だね。絢瀬さんはほら、人気者だから」
「人気者?」
本当に心当たりがないのか、眉をへの字に曲げながら首を傾げる。もしこれが演技ならもう女の子を信じられない。
「いろんな人に話しかけられてたでしょ。俺みたいなやつが割り込む隙はなかったっていうか」
デュフフ、と気持ち悪い笑いがこぼれてしまう。油断すると出てしまうので気をつけているのたが、気を抜くと出るな。
「そんなことないけどなあ。私は佐古くんと話したいと思ってたもん」
「はは、そりゃ嬉しい話だ」
俺が乾いた笑いを見せると、絢瀬さんはジトーっとこちらを睨んでくる。
「信じてないでしょ?」
「……そんなことないけど」
とは言いつつも。
そりゃ、そんな都合のいい話なんか信じられるわけがない。
「ほんとだよ? でも、佐古くんが私を避けてるような気がして」
「俺が避けるわけないじゃん」
「……そう、なのかな」
絢瀬紗理奈を避ける男子なんかこの世に存在しないだろ。もしいるなら見てみたいものだ。
多分よほど女が嫌いなホモなんだろうな。
「佐古くんは覚えてる? 一年生のときに一度だけお話したの」
「……ああ」
もちろん覚えている。
記憶的には十年以上前のことだというのに、それに関しては鮮明に思い出せる。
先生に仕事を押し付けられて重たそうな荷物を抱えて歩いていた絢瀬さんを見かけた俺は、意を決して手伝いを申し出たのだ。
ただ手伝おうとしただけだが、あれは俺史上五本の指に入るくらいに勇気を振り絞った一件だ。
絢瀬さんは『ありがとね。えっと……そうそう、佐古くん!』と話したこともない俺の名前を笑顔で呼んでくれた。
そして。
他愛のない雑談をして……いや、多分俺が好き勝手早口に喋っていただけだろうけど、その時間は俺の高校生活において最も楽しかった瞬間だったろう。
「もちろん。忘れるはずないよ」
多分、あのときにはもう意識してたんだろうなあ。
男は優しくされるだけで惚れるし、笑ってくれる人のことは気になるものだ。
それが可愛い女の子なのだから、好きにならないはずがない。
「もっと話してみたいなって思ったんだよ。でも、なかなかタイミングがなくて」
「そんな面白い話したかな」
絶対してない。
そこの記憶は曖昧だけど多分滑り倒してる。そのとき観てた萌えアニメの話とかしちゃってたに違いない。
だから記憶から消えてるんだ。
忘れたくて忘れたんだろう。
「うん。楽しそうに話す佐古くん見てたら元気貰えたような気がしたんだ」
褒められてるよな?
それは褒めてくれてるんだよな?
「だから、こうしてお話できて嬉しい」
そんな話をしていると駅に着いてしまう。
改札を通り、ホームへ向かおうとしたときに一つの事実が発覚する。
「あ」
俺と絢瀬さんの向かおうとした先が違っていた。つまり、二人の帰り道は逆方向なのだ。
「……そっか、そこまで考えてなかった。佐古くんはそっち方面なんだね」
「あ、うん。みたいだね」
「……」
沈黙は起こったものの、名残惜しそうにこちらを見てくる絢瀬さん。
とはいえ、こんなときにどういうことを言えばいいのか、その模範解答など知らない。
俺がイケメンなら適当に何か言うだけで問題が解決するんだろうけど、そうじゃないからなあ。
「……あのね、佐古くん」
「は、はい?」
「また一緒に帰ってくれる?」
そう言われたとき、嬉しさで心臓が飛び出そうになった。
テンション上がったあまりタップダンスとかしちゃいそうになる。もちろん経験はない。
「もちろん!」
俺はその衝動全てを一言の返事に込めた。
俺のその返事を聞いて、絢瀬さんも嬉しそうに笑ってくれる。
そして、小さく手を振りながら「じゃあ、またあしたね」と言って行ってしまう。
「……めっちゃかわええ」
もし高校時代の俺がこのシチュエーションに出くわしていたら確実に惚れてたな。
いや、惚れてるんだけれども。
勘違いしてた。
絢瀬さんが俺のことを好きだ、と。
ちょっと優しくされただけで都合のいいように解釈してしまうのだ。愚かな男であった。
まあ。
さすがに今の俺はそんな勘違いしませんけどね。
青春っぽい一ページを過ごせただけで満足です。
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