第3話 金髪ギャップ少女
高校二年の五月二十日。
この頃の俺はまだ友達も作れなくて、一人で過ごすことが多かった。
クラスで孤立していたというよりは、誰にも認識されていないという感じだ。
十年振りに受ける授業は想像していたよりも理解できなかった。
当時でさえ勉強は好きじゃなかったし、もちろん得意でもなかった。
卒業してから数学や化学といった分野に触れる機会はなかったわけだし、分からないのは当然といえば当然だけど。
にしても、分からなさすぎる。
板書をしながら俺は絶望を感じていた。
しかし、ブラック企業で働いていて忍耐力がついたのか、意外と苦とは思わなかった。
「……」
こういうタイムリープものって過去に戻って、未来で培った知識を使ってやり直しをするもんじゃないの?
俺が未来から持ってきたの忍耐力なの?
絢瀬さんを救うのに役立ちそうにないなあ。
そんなことを思いながら、彼女の方を見る。
真剣に授業を受ける彼女の横顔が見えた。
真面目だ。
男子からの人気は絶大だったが、女子の友達も多かった。つまり彼女は良い人なのだ。
そんな彼女がどうしてあんなことになったのか。
思い出すのはタイムリープ前に絢瀬さんが口にした一人の男。
安東圭介。
話したことは一度もないが、その名前は知っている。
クラスメイトだし、何よりも目立つ。
端的に言うなら、不良だろうか。
授業中に軽い冗談で教室内を沸かせたり、放課後は部活に勤しみ汗を流すような陽キャとはまた違う、別人種の人間だ。
裏ではタバコを吸っているとか、気弱そうな生徒を狙ってカツアゲしてるとか、そういう悪い噂も流れてくる。
正直言って、平穏な学生生活を送ろうと考える人間にとって最も関わりたくない生徒だろう。
絢瀬紗理奈と安東圭介。
タイプも全然違うというのに、この二人がどうして関わることになったのだろうか。
授業が終わり、休憩時間や昼休みの間も二人を観察してみたが、とても関わりがあるようには見えない。
今はまだ関わりがないのか。
なら今のうちに行動を起こすか?
いやいや、どうやってだよ。
彼女に直接「安東とは関わらない方がいいよ」とでも言うのか? 何言ってんだコイツと思われるオチが見えている。
何かしら彼女に言うにしても、まずは信頼を得る必要がある。
現状、ただのクラスメイトとしか思われていないからな。そんな奴からの言葉なんて鵜呑みにするはずがない。
話しかけるか?
無理だ。
だって友達と楽しそうに雑談している。
あの輪の中に入っていける自信はない。
未来でもっとコミュ力磨いておけば良かったと今更ながら後悔する。ほんと、何を活かせばいいんだよ。
結局、その日は何もできなかった。
初日なんてそんなもんだと自分に言い聞かせながら帰宅する。布団に倒れ込んでぐるぐると考え事を繰り返す。
いつの間にか夜になっていたので、飯と風呂を済ませて再び自室に戻る。
俺がするべき事を整理しよう。
タイムリープしてきた理由は不明だけど、ここを『絢瀬紗理奈を救う』だと仮定しよう。
すると次に考えるべきは、どうやって彼女を救うかだ。
今ある情報から導き出せる手段は『安東圭介と関わらせない』しかない。
であれば、その手段を実行するために俺がまずするべきことは絢瀬さんに近づくことだ。
何をするにも関わりがなければ行動できない。
「……どうやったら人と仲良くなれるんだろ」
考えたこともなかったな。
男友達の作り方さえ曖昧なのに、女友達なんて作れるだろうか? 答えは否である。
何を話せばいい?
女性との会話なんて風俗嬢以外とできなかったからな。そのときはあっちが会話のリードをしてくれたから辛うじて成立していたけど、相手はクラスメイトだ。
うん。
詰んでるな。
俺は携帯電話を手にしてアドレス帳を確認する。学校の友達は数人登録されていたけど、一年の頃にとりあえず交換しただけの仲良くもない奴らだ。
やっぱり、この時期だとまだあいつとも知り合っていないのか。
確か文化祭辺りで喋るようになったんだよな。
なら、今からでも仲良くはなれるか。
あいつなら、相談すれば何かいいアドバイスをくれるかもしれない。
協力者はいても困らない。
よし、まずはあいつと友達になることから始めよう。
「……すう」
やるべきことが決まったからか、それとも久しぶりに頭を使って疲れていたのか、気づけば寝落ちしていた。
翌朝。
昨日の就寝が早かったこともあるけど、やっぱり早起きを体が覚えてしまっているようで仕事と同じ時間に目が覚める。
二度寝もできたけど、起きることにした。
「……今日も早い。本当にどうしたの?」
今日も母さんは驚いていた。
まあ、高校生のときはギリギリまで寝ていたから、突然早起きが続けば驚きもするか。
「なんか目が覚めちゃって」
朝ご飯を済ませて余裕を持って家を出る。
俺の乗る駅では車内は混んでいないので、だいたいの日は座ることができる。
いつも同じ席に座るのは乗り換えのときに階段が近いからだ。
携帯で音楽を聴きながらうとうとしていたところ、昨日と同様にラッシュによる混雑が起こる。
この時間は混むのか。
ちょっと時間をズラした方がいいかな。
「――――」
ん?
なんか声がしたような気がする。
電車の中くらい静かに過ごせばいいのに。ましてや混雑している車内だぞ。
「――――」
声は続く。
どこの誰だと思い目を開ける。
「う、わ」
声が漏れた。
これは俺のものだ。
目を開けたら目の前に人の顔があれば誰だって驚くだろうよ。
それが女子のものなら尚更だ。
「……なん」
「ずっと話しかけてたのに無視するとかヒドイと思うよ?」
まさかあの声が俺に向けられていたとは思わない。
「音楽、聴いてたから」
「……まあ、いいけどさ」
さらさらと揺れる金髪。
ボタンが開いていて鎖骨が見える。
胸は高校生にしては中々に大きい。
スカートが圧倒的に短いのが気になる。
が、何より気になるのは俺に話しかけてくる女子がいることだ。
「えっと」
誰だっけ? とか訊いていいものか悩み、俺は言い淀む。
するとその女の子は俺の胸中を察してか、ショックを受けた顔をする。
「まさか、私のこともう忘れたの?」
「……人の顔を覚えるのは苦手で」
「昨日、電車で助けてもらった」
「昨日、電車……」
言われて思い出す。
いろいろあって忘れていたが、昨日電車で痴漢されていた金髪ギャップ少女だ。
「ああ、痴漢の」
「しーっ! そういうこと口にしないでよ」
金髪ギャップ少女は恥ずかしそうに言う。
確かにデリカシーのない発言だったな。
「昨日は逃げるように行っちゃって、結局名前しか聞けなかったからね。今日は逃さない」
「逃さないって」
「同じガッコなんだし、一緒に行こうよ」
そのタイミングで車内のほとんどの乗客が降りていく。この駅は様々な線の電車と乗り換えれるから人の出入りが激しいのだろう。
空いた車内にはすぐに別の乗客が乗り込んでくる。
金髪ギャップ少女は俺の隣が空いた隙に腰を下ろす。席はすぐに埋まってしまい、俺と彼女の肩が触れる。
こんな距離感、風俗でしか経験したことない。
素人との近距離に俺は緊張してしまう。
「自己紹介まだだったね。アタシは高峰円香。よろしくね、佐古太郎クン」
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