断章
01 中庭
神殿と家との間に草木と花畑がある。
魔界であるここに、人界に生えている草花が咲くことができるのは、この場所の魔原子濃度が薄いためだ。
神殿の近く、色とりどりの花々が咲き乱れ、濃密な甘い匂いが漂っている。
視線を協会と家との中央に向けると、巨木が一樹、堂々たる様で立っている。
巨木には真っ白な花がこれでもかと咲き誇っている。
今にも儚く、すぐに消えてしまいそうな花なのに、その存在感はあまりに大きい。
相反する想いを想起させるその巨木の下に、メナリアは立っていた。
幹の凹凸を撫で、その肌触りを楽しんでいる。
修道着のポケットに入っているナゴスは、その様子を黙って眺めている。
その目は不思議そうな様子である。
それとも、信じられない、というべきだろうか。
ともかく、自堕落なメナリアがこんな朝っぱらから起きているその事実を未だ受け入れがたく思っているのかもしれない(まぁ、実際のところは知らないが)。
そんなナゴスの様子に気づく様子もなく、メナリアは巨木をついに一回りした。
巨木の幹に大きな黒い穴が開いており、その中の様子がどうなっているのかは窺えない。
この地域一帯を覆う結界を守るためエネルギー源として龍晶がある。
屍砂漠の龍の煩い事を片付けた報酬のようなものとして、100年に龍晶を一つ、貰っているのだ。
その龍晶を取り換えるのが今日なのだろう。
まぁ、そのために三日前、屍砂漠に出向いたのだろう。
龍晶はその力の強大さから、作られた直後だと力が安定しないのだ。
そのため、数日置いた後、エネルギー引き出さなければいけない。
数日置かずにエネルギーを引き出そうものならば、良くて一帯が更地に、悪くて国一つ飲み込めるほど大きなクレーターの出来上がる。
誰であろうと、使うならば、取扱注意の注意書きと取扱説明書のセットがなければいけないだろうこと間違いなし。
そんな危険物をポケットから出して、右手で弄ぶメナリアの精神はどこか狂っているのだろうか、と思われそうだ。
そんなことを思っている間に、メナリアは飽きたのか龍晶をポケットに入れ、右手の掌を穴に付ける。
穴の内から淡く青白い光を放ったかと思うと、その光はすぐ消え、元と同じ黒い穴に戻った。
すると、右手が穴の中へと吸い込まれるようにして入る。
いつもの光景だ。
あの穴はいくつもの場所につながっているため、場所を指定しなければ弾かれ、入ることはできない。
そのため、体の一部を穴を覆う結界に弾かれない程度の力で触れながら場所を指定し、入るという方法しかないのだ。
そして、この中には、メナリアの許可が無ければ入れない。
そういう風にメナリアが作ったのだから当たり前と言えば当たり前だろう。
その穴に躊躇いもなく、メナリアは右足を踏み入れる。
そして、左足を踏み込み、最後に、服の裾が入り切る。
そこには、闇に閉ざされたような穴がただぽっかりといつもと変わらぬ姿で空いている。
巨木はメナリアを歓迎するように枝や葉を揺らし、花弁が舞い散った。
ただ、この巨木には未だ自我と呼べるようなほど強固な想いが芽生えているわけではないので、ただの偶然かもしれない。
いや、偶然と断じた方が良いかもしれない。
と、そこまで考えたところで、意味のないことだと思い、メナリアへと目を向けた。
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