09 看護

 


「安静にしていれば大丈夫でしょう」


 客室のベッドに寝かせた少年を診断したリーナは、そう判断する。


 それを聞いたメナリアは安心したように息を吐く。


 まるで、拾った猫の安否を心配する少女のような反応だ。


 そして、リーナは添えるようにして、話を続ける。


「……ここにいる限りは、ですが」


 と、一番重要なことを。


 とても上手に上げて、落とす手法を行う。


「えっ」


 それに、メナリアも驚いた表情をして固まる。


「当たり前でしょう。魔界で生きていける人間などほんの一握りでしょう? 彼が生きて入られたのはここには歪みが人界と同程度しか存在しないからです。それに、まだ適応していないからでしょうが、悪魔の因子を植えつけられています。数日後には開花するでしょう」


 メナリアの生活圏内は結界で覆われている。


 その中に生えている、植物などを生かすため、歪みは人界と同じほどの歪みしかない。


 だから、少年は魔界に来ても死ぬことはなく、今も生きていられるのだ。


 ここではない歪みの多い場所であれば、死ですら終わりではなく、永遠の苦しみだけが感じられることとなっていただろう。


「それにしても、あの『魔界送り』は何を考えていたのでしょうか?」


 『魔界送り』は空間と空間の隙間に住む異形の生物だ。


 たまたま、人界に出てしまった『魔界送り』に、人が罪人を魔界に送ることを契約してもらったのだ。


 『魔界送り』に意思はあるが、自分の意思を主張することは稀。


 人の頼みも、契約に沿ったこと以外はしない。


 で、あるからにして『魔界送り』は、特に何かを考えたわけではなく、偶然この場所に罪人を放り投げて行ったのだろう。


 そう、メナリアも思ったのかどうかは知らないが


「何も考えてなかったんじゃない?」


 と、口にする。


 呆れたような視線をメナリアに向けるリーナ。


 しかし、すぐに何かわかったような表情をして、納得したような様子をみせる。


「うっ」


 少年が呻き声を出す。


 それは、痛みを感じたような声。


 リーナが急いで少年の様子をみ、メナリアは大丈夫かと心配しながら見守っている。


「これは……早すぎる」


「ど、どうしたの?」


「悪魔の因子が、開花しています」


 悪魔の因子とは、魔界に来た瞬間”魂”に芽生え、生まれるもののことだ。


 生物は、魔界に来た時、最初に肉体が歪みよって痛みに苛まれる。


 つまり、歪みが肉体に入り込んできている状態だ。


 しかし、ほぼ全ての人はこの歪みに肉体が耐え切れず、崩壊し、”魂”だけとなる。


 そして数日後、”魂”から芽生えた悪魔の因子が適応したことで、魔界に充満する歪みを使って損なわれた肉体の代わりにその生物に似た器を作っていくのだ。


 けれど、目の前の少年は、悪魔の因子への適応力が高かったのだろう。


 未だ、この世界にきて一時間も経っていないのに、悪魔の因子に適応し始めている。


 ここまで速く適応をし始めるなど、普通では考えられない。


 前例がないわけではない。


 しかし、それは確認できるだけで、数件。


 しかも、今回は肉体が一切、崩壊していないのだ。


 本来であれば、リーナは猶予のある数日の間に色々と対策を練るつもりであったのだろう。


 メナリアが少年の生存を望んでいるように見えたし、またメナリアもそれを言うつもりでもあったのは明白だ。


 けれど、その想いは全て無に帰った。


 少年の体に黒い斑点が生まれ始める。


 次々に、範囲を広げていく斑点。


 悪魔の因子が開花し、肉体を人から悪魔へと作り変えているのだろう。


 リーナは一番近い前例を思い出す。


 伝え聞いた話だが、人が『魔界送り』にされ、半刻ほどで悪魔の因子が開花したのだそうだ。


 肉体の3分の1ほどが崩壊している状態での悪魔への変異。


 曰く、残っている肉体が膨張させ、体の色も変色したそうだ。


 それが、落ち着いた頃に、”魂”だけの変異でも起こる魔力を要いた繭を作り、悪魔へと変わる。


 ここからは、普通の変異と変わらないそうだ。


 なので、考えなければいけないのは繭を作るまで、と言える。


 もちろん、完全に同じであるわけではないので絶対の保証はないが、それでも指標(と呼べるかは甚だ疑問だが)があるだけマシだ。


「ナゴス‼︎」


「チュ(わかってるでチュ)」


 メナリアの隣で寛いでいたナゴスがベッドの上に上がる。


 ナゴスはリーナより生物の体を熟知している。


 それは、ナゴスの持つ魔法が関係しているのだ。


 生物魔法と、回復魔法。


 これらを駆使して、ナゴスは少年の体の状態を把握する。


「チュゥ(今の所、命に関わるようなものではないでチュ)」


 それを聞いて、メナリアはホッとし、リーナは冷静さを取り戻す。


「チュゥゥ(確か、繭を作るまでは1日ぐらいかかるでチュ)

 チュウ(それまでは予断は許されないでチュ)」


「何か必要なものは?」


 リーナがナゴスに問う。


「チュウ(ここで繭になるなら掃除が大変になるのでチュ……)」


「それは……」「大丈夫」


 メナリアがリーナの声に被せるように了承する。


「メナリア様……」


「リーナがやってくれるから」


「……そんなことだと思いましたよ」


 どこか、達観したような、もしくは諦めたような声を出すリーナ。


「チュウ(それなら良かったでチュ)」


 それを、気にしたこともないように流すナゴス。


 そうして、ナゴスは再び少年を看るのだった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


***重要用語***


*魔界送り

 神が意図せず創った生物。

 空間と空間の隙間に住む。

 数としては数百ほどで寿命はなく、また、100年に一体生まれるか生まれない程度の繁殖力。



 

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