08 彼女の非日常
メナリアは毎日、朝ごはんを食べ終わると、修道着に着替え、礼拝をする。
つまり、神殿に行き、神に祈るのだ。
メナリアが信奉しているのは古代において最も主流であったハーヴァネイル教の宗派の一つ、無望派だ。
この宗派の教えでは、神は気まぐれで、我々と同じように感情を持っており、我々が望めばなんでも叶えてくれるわけでもないと説いているのだ。
はっきり言って、一番まともな宗教だった。
余談だが、現在の人界で最も主流な宗派は信崇派。
神を信じ、崇めれば、神は人の声を聞き、その人にあった道を与えると説いている宗派だ。
何でもかんでも神に祈ればどうにかなる、それは余りに自分勝手な考えなのだが、これが現在の大半を占めている人々の考えなのだ。
嘆かわしいことだと思うが、自ら変わろうと思わない限り、何を言っても無駄なのだ。
閑話休題。
メナリアが到着した神殿の礼拝室に設置された高い窓は全てカーテンが引かれ、ステンドグラスから降り注ぐ光以外はない。
ここを使うのは普段、メナリアだけだ。
そのため、ステンドグラスの手前の壇上はメナリアの定位置であり、そこで跪き、神に祈るのだ。
掌を上に向けた左手を下に、掌を下に向けた右手を上にし、その上に頭を垂れる。
ハーヴァネイル教において最上級の敬意の表れであり、神に対してのみ許された敬意の方法である。
祈りの長さには指定がない。
が、特別な行事は通常の祈りより長くするという暗黙の了解はある。
しかし、そんなことは関係ないと、メナリアは長い間祈っていた。
考えていたことはいくつもあるようだ。
神に対しての感謝の気持ち、それと神への敬意やその他諸々の思い。
それが終わると、今日はどのように過ごすか、何をするべきで、何をしないかということ。
そういったことを思いつくだけ頭に思い浮かべ、それらを吟味し、考える。
その結果が長い時間をかけての祈りだ。
毎回毎回、ちょっと長くないか、と思わなくもない。
パチリ
メナリアは祈りが済んだのか、閉じていた瞼を開ける。
白の瞳が不審げな色を湛えていた。
いや、どちらかというと不思議と言った様子。
何かが起こる、しかし何が起こるかわからない、周りを見渡すメナリアの仕草からそう推測できる。
それも数秒で終わる。
メナリアはどこで、何が起こるかを察した。
目的の場所へと駆ける。
礼拝室を出て、別邸につながる道を行くと、それは見えた。
咲き誇る花畑の真上に、歪み、亀裂の走った空間が生まれ始めていた。
紫色の空間と繋がっている亀裂からは、得体の知れないナニカがいた。
その、ナニカは一切メナリアに興味がないようで、亀裂からどす黒い液体のようなものが溢れ、花々の上に落ちる。
腐臭が漂い、液体に触れた部分だけ花草が枯れ果てていくのもそのままに、ナニカは姿が亀裂の中へと戻っていく。
「魔界送り……」
メナリアは呆然とした様子でその言葉を呟く。
初めて見たその異様な存在に驚いているのだろう。
メナリアなら、その『魔界送り』と戦い、勝つことはできるだろう。
しかし、今はそういうことが問題なのではないのだ。
世に聞く世界の狭間に住む異形を見たことが、メナリアに驚きをもたらしているのだろう。
その驚きから戻ってきたとき、『魔界送り』が落としていったものに注意を向けた。
液体のようなものは消え失せ、そこには一人の少年が倒れていた。
不健康だということが一目で窺えるほど痩せ細り、肌色は悪くなっている。
髪は乱れ、服装はボロボロである。
ただ、少年であるのにその容貌は、数年後に幾人もの女を泣かせそうに見える。
しかし、メナリアはそんなことに興味はないのか、少年を検分している。
やがて、異常を確認することができなかったのか、立ち上がる。
「ん〜」
と、メナリアは迷ったような表情をしながら思案する。
結局、最良と思われたのがリーナを呼ぶことだったのか、メナリアは別荘へと走って行った。
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***重要用語***
*ハーヴァネイル教
創造神ハーヴァネイルを信じ、崇める宗教。
宗派によって考え方や重んじるものが違うためとても複雑な宗教でもある。
*無望派
ハーヴァネイル教の宗派の一つ(無望派にもいくつか種類がある)。
神に縋るのではなく、神が己を見たときどう思われるのか、そのことを考えて行動せよというのが共通の教え。そのためには、何をすべきかということが宗派の中でも分かれている。
神に認知してもらい、祝福されることを目標としたのが大成論。
神に認知してもらったとき素晴らしいと思われるようにするのが謙虚論(メナリアが信奉しているのはこちら)。
他にもいくつか存在するが、割愛。
*信崇派
現在、最も主流な宗派。
神を信じ、祈れば全てが解決する、良い方にいくというのが教え。
どのように信ずるのが正解かということで分かれているが、目立った対立はない。国や場所によって信ずる方法は変わるのは当然であるというのが主だった理由である。
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