07 彼女の日常・朝食

 


 朝ごはんは前菜が最初に出される。


 なんということはない、リーナが育てている植物を使った、ただのサラダだ。


 起きたばかりで気分が悪いのか、メナリアは無言で盛り付けられたサラダを眺める。


 リーナはメナリアの様子に興味がないのか、それともただ忙しいのか、配膳台に積んである食器を整理したりしている。


 具体的に何をしているのかはよく分からないし、知りたいとも思わない。


 メナリアがやっとフォークを持ち、サラダを食べ始める。


 因みに、ナゴスは配膳台の下に置いてある餌を美味しそうに食べている。


 サラダは少量だったため、すぐ食べ終わったようだ。


 リーナが食器を下げ、スープを出す。


 出されたのは、橙色で油一つ浮いてるように見えない澄んだ色をしている所謂、コンスメスープというやつだ。


 メナリアは無言でスープをスプーンで掬い、飲む。


「……」


 そして、再び無言でスープを飲む。


 具材は野菜のみ、味付けはとある肉を使っている。


 その、とある肉は魔界の食事事情において、最も摩訶不思議というか、人界や天界の知的生物が聞いたら阿鼻叫喚するようなものである。


 しかし、悪いことばかりではない。


 だからこそ、魔界の食卓に上っているのだ。


 上げられる理由はいくつもある。


 生産量が多く、一年を通して供給可能。


 更には、肉の部位によって味は違うが不味いと言える場所はない。


 他の部位もまた色々な用途で使える。


 魔界の街に一つはこの生物の飼育を専門とした畜産農家があるのだ。


 中には、この生物を産業の基盤として作られた街すらあるようだ。


「またこれ?」


 スープを飲み終えたメナリアの前に出されたのは例の肉である。


「美味しくないですか?」


「お、美味しいけど……」


「なら、文句を言わないで食べてください」


「……」


 神は死んだ。


 そう言いたげな表情をしているメナリア。


 もしかしたら、言い過ぎかもしれないが、それぐらいの絶望をしているように見える。


 そう、そうなのだ。


 魔界一の珍事にして奇怪、外見からはあまりに懸け離れたその味に誰もが自分が食べたものが何か知った時、怒り、そして当惑した。


 自分が今食べたものが毛虫の肉であるとは、誰もが信じたくなかったのだろう。


 しかし、現在は魔界で最も多用される肉と言えば人界にいる羊より少し小さいほどの毛虫(正式名称、巨大毛虫)なのだ。


 忌避感を持っているのはもはや少数派なのである。


 慣れとは怖いものである。


 メナリアはその少数派なのだ。


 長年生きてきたメナリアは毛虫と言えば歪みが濃密で陰鬱な森のジメジメ〜ッとした場所にいる姿しか想像できない。


 つまり、これが出て来るたんびに怖気が走るのである。


 ナイフで肉を切り分け、フォークで一口。


 微妙な顔をしてその肉を咀嚼するメナリア。


 やっぱり納得いかない、と言った顔をしている。


「チュゥ(メナリアもいい加減慣れなよでチュ)」


 ギン、と音が聞こえてきそうな勢いでナゴスをメナリアは睨んだ。


 ナゴスは視線をメナリアからリーナの方に逸らし、素知らぬふりをする。


 あえて、メナリアの神経を逆撫でする必要はないとの判断だろう。


 ジーッ、とナゴスを睨むも意味がないと悟ったのか、メナリアは食事に戻る。


 食べ終わったメナリアの表情は、美味しいんだけど、美味しいんだけど……と言った様子だ。


 そして、デザートとしてリーナがメナリアの前に出したのは、色とりどりのフルーツの詰め合わせ。


 一皿の中にこれでもかと種類豊富なフルーツが入っているのだ。


 これまでの表情とは打って変わって、喜びの様子を隠しもせず、フォークでフルーツを堪能するメナリア。


 これぞ至福の時と言わんばかりである。


 されど、幸福の時は長くは続かず、フルーツはお皿の上から消え失せてしまった。


 あっという間にフルーツを食べ終わったメナリアは残念そうにお皿を眺める。


 リーナはそんなことは知らんと言うように、お皿を手に取り片付ける。


 あっと、メナリアは動く皿と同じように視線を動かす。


 最後に魔界にしか存在しない植物から作られる珍味の飲み物ムハと、二枚のクッキーが登場。


 しぶしぶ、メナリアも許してやるかというような態度でクッキーを頬張る。


 それを見たリーナは、呆れたという表情で配膳台を整理……というか、食器は(魔法で)綺麗に、まるで新品のようになっており、あとは見栄えのいいように食器を片付けるだけだとなっているが。


 そんな、忙しそう(?)なリーナをよそに、メナリアは無駄に上手な鼻歌を歌いながら寛いでいた。



 

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