02 屍砂漠

 


 サラッ……


 魔蜂の肉体が屍砂漠の赤黒い砂と同じ物質に変化していっている。


 この屍砂漠において、何もせずに死体を放っておこうものならば、その肉体は歪みに汚染される。


 もちろん、屍砂漠の歪みに耐えられない生物も同じように生きたまま砂漠に変わる。


 その成れ果てが積もり、砂漠が出来上がったのだ。


 少しして、風が吹き、魔蜂の肉体であった砂を舞い上げると、そこには赤い光を放つ小さい石があった。


 これは、魔石であったものが歪みに汚染されたもの。


 魔石は生物にとって最も重要な器官である。


 魔法の元である魔原子の結晶であり、これがなければ生物、特に悪魔や魔物は1日も生きていけないだろう。


 つまり、魔石は生きるために必要なエネルギーを供給するものであるのだ。


 ちなみにだが、人間も体内にこの魔石を持っている。


 もちろん、人間はこれがないと生きていけないということはないが、寿命は半分以上落ちるだろうし、魔法を行使することはできなくなる。


 魔法を使えるかということが、この世界の生物において、生き残れるかどうかを左右するとても重要なものなのだ。


 だからこそ、魔石は周りの環境に左右されることはなく常に生命活動を維持するために機能し続けるのだ。


 しかし、何事にも例外があり、その場所の一つがここ屍砂漠であり、その結果、彼女が今つまらなそうに眺めている歪みに汚染された魔石であるのだ。


 不意に、その歪みに汚染された魔石の一つが沈んでいく。


 いや、周りの砂が隆起したことが原因だろう。


 彼女はまるで事前にソレが起こることをわかっていたかのように表情を変えない。


 実際、わかっていたのだろう。


 何が来るのか、どこから来るのか。


 ****彼女は今、砂の中から姿を現そうとしている存在に会いに来たのだから。


 しかし、その姿形は未だ見えない。


 かろうじで、隆起した砂から突き出した角とおぼしきものが見え始めているだけ。


 ザザザザ


 砂をかき分ける音が鳴り、ソレは姿を現した。


 姿形は、蛇のような体なのだが、頭には幾つもの角のようなものが生えており、口元に長い髭がある。


 そう、龍である。


 灰色の体色で、瞳は屍砂漠の砂のような鈍い赤色に輝き、髭は体色と同じ灰色だがさきっぽにいくほど白くなっている。


 ”久しいな。狂信”


 龍は****彼女に向かって念じるだけで意思を伝えることができる念話で話しかける。


「久しぶりだね」


 無表情のまま****彼女は返答する。


 ”して、要件は?”


「わかっているだろう?」


 ”確認のためにも必要であろう?”


「…龍晶をもらいに来た」


 ”ふむ、よかろう”


 龍が口を開き、息を吐く。


 すると、息吹が渦を巻き始めた。


 渦の中心には少しずつ結晶ができ始める。


 赤色の結晶は龍の魔力が濃縮され、莫大なエネルギーを孕んでいるものだ。


 つまり、龍晶と呼ばれるその結晶は力の象徴の一つであり、都市一つのエネルギーを優に100年ほど賄えるものであるのだ。


 それをいとも容易く生み出すことの恐ろしさよ。


 ついに、人の握り拳ほどの大きさになった龍晶を、龍は彼女の前に下ろしていく。


 ****彼女は空中に浮かぶそれを右手でとる。


「ありがとう」


 ”あぁ、気にするな”


 龍はそう言って、****彼女を慈しむような目で見る。


 それは、孫を見るような目だった。


「それじゃあ、また」


 ”10日後に、じゃな”


 ****彼女は龍晶を片手に龍が再び砂の中へと潜っていくのを見届ける。


 岩の上に立ち上がってから、****彼女は自分が来ている白いスカートを軽くはたき、汚れをとる。


「チュウ (帰るでチュか)?」


 それまで静かに岩の下にいた*******彼女に近づいてきた。


「うん。帰ろっか」


 彼女は手でその***を拾い上げ、肩に乗せる。


 惜しむように****彼女は屍砂漠を見渡す。


 満足したのか、軽く首を振り、口を開く。


「家へ」


 すると、****彼女は今までいた岩の上から忽然と姿を消した。


 後には、赤く発光する岩と、龍が潜って行ったため少し窪んだ砂場があるだけだった。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


***重要単語***


 

*屍砂漠

 赤黒い砂に、赤い光を発する岩。それは、屍砂漠に集まる歪みによって汚染された生物の成れの果て。砂は生物の肉体であったもの。赤い光を発する岩(もしくは石)は魔石であったもの。龍の縄張りであることで有名(どちらかというと龍が有名)。



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る