9.(完)

「つ、月が綺麗ですね」

「どうしたんですか課長? 午前中ですよ」

「あ そうだね ちょっと待っててね。ごめんね──おぃぃぃぃ藤堂ほんとにコレであってんのか!」

(ミスター白湯川。僕を信じろ。お前は今大気圏を突破しつつある。次はこうだ!この頃僕は弥恵ちゃんがお菓子なら頭から食べてしまいたい位可愛い気がします!)

「お菓子ぃぃぃぃだろ全部! それは言えん!」

「何をこそこそ話してるんですか?」

「いや、ちょっと朝から調子がお菓子くて」

「大丈夫ですか? 熱は……ないみたいですけど」

 額にそっと触れた彼女の手。それは俺の不自然さにくらべてあまりにも自然で、なんというか優しくて、藤堂の言ってたことはもしかしたら本当なのかもしれないと思いながら勘違いでもかまわないほどに俺の心は真尋さんに持っていかれた。こんなちょっとしたことでと思うかもしれないが、始めて会った時からどこかで素敵な人だと思ってたのかもしれないのをなんだか常識やの立場やのが見えにくくしていただけで俺は俺こそが真尋さんのことをずっと好きだったのかもしれない。

(白湯川! 聞いているのか! 言え! そしてしくじれ! 爆ぜろ!)

「んなこったろうと思ったよ」

「え?」

「や、なんでもない。最初から正直に自分の言葉で伝えりゃよかったんだ」

(白湯川! 白湯かバジジジジ……)

 あやつりトランシーバー君は俺の足下で破壊された。会社の備品。よくはないけどまあいいさ。

「真尋さん!」

「え? 急にでっかい声出さないでください」

「ごめん。だけど聞いてほしい。俺は、そのなんつうか。あまり褒められた話じゃないけど君のこと初めて見た時から」


 これって俺から言う話なんだったっけ。まあいいか。


「好き…でぃ」

 噛んだ。莫迦野郎莫迦野郎! はっきり言え! 命を燃やせぇええええ!!

「好きです!」

 言ちゃたー。言ちゃいましたー。無言の真尋さん、その表情には困惑が見える。そうだよな。いくら気になってくれててもいきなり朝っぱらから言われちゃ戸惑うよな。

「課長」

「はい!」

「ありがとうございます」

「どっち?」

「お気持ちは嬉しいです」

「ちょ それは」

「でもごめんなさい。私、白湯川さんのことはいい先輩なんです」



"この白い世界は余りにも綺麗過ぎる悲しさと愛で渦巻いた

誰かが救ってくれるかな? 君はまだ優しさを抱いて終わる時を待つ ─清春『空白ノ世界』─"


「どういうこっちゃ藤堂ーーーーッ!」

 俺はバキバキに破壊されたあやつりトランシーバー君に向かって叫んでいた。しかし事実は捻じ曲がらない。真尋さんにはフラれた。それが俺だ。


「選別課の諸君! おっはよ〜! あれ? 何この空気? お取り込み中?」

「おはよーございます……社長」

「白湯川、どうした? いつにも増してバイオがハザードしてんじゃない。せっかくいい話持ってきてやったのに」

「いい話なんてもうこの世にはないです」

「よく分からんが悲観するな青年! では早速発表いたします! 白湯川進一くん! この度、水面下で進めていたプロジェクトの立ち上げリーダーとしてキミが抜擢されました! ぱっぱかぱーーん!」

「プロジェクト? リーダー?」

「我が社初の海外支社! 君にはこれからタイに飛んでもらいます!」

「……は?」

「うちのテディベアがね。タイのYouTuberに取り上げられてね。なんかすごい人気らしいの」

「タイのYouTuber?」

「で話を進めてたんだけどこの度実現の運びとなりましたクマサデモードタイ支社! おめでとうございます! はいありがとうございます!」

「俺、タイに行くんですか?」

「タイに行きます」

「ベガのステージ?」

「サガットでもある」


「おめでとうございます! 課長!」

「もしかして、気になる人じゃなくて」


── そういやさ 噂で聞いたんだけど海外支社の話ってマヂ?──

── らしいよ 転勤になる人いるみたい──

── えー 弥恵は誰か知ってんの?──

── ん〜言っちゃダメだよ 白湯川課長──


「Oh ポカホンタス」

「白湯川、頼むぞ!」

 激流だ。儚く散った恋心をすぐにタイ出張が飲み込んでいく。まあちょうどいいか。もうタイでもどこでも行ってやらあああ!


「課長」

「あ まひろさん ごめんね なんかへんなこといっちゃって タイであたまひやしてきます パスポート きげんのこってたかな かくにんしなきゃ」

「課長のこと、最初は変な人だと思ってました」

「まちがいないよ だいせいかい」

「でも今はいい先輩だと思ってます」

「あ そう ありがとね」

「だからもしかしたらこの先も変わるかもしれません」

「そだね そーだそーだかわるかもって、それってもしや! え、その、え!」

「かえるぴょこぴょこみぴょこぴょこ」

「どゆこと」

「あわせてぴょこぴょこ?」

「むぴょこぴょこ。え どゆこと?」

「早口言葉ってなんで早くしないといけないんですかね? 早く帰ってきてくださいね」

「真尋さん 仕事して……きます!」(了)



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プライマル 川谷パルテノン @pefnk

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