5.

 噂というものは一瞬で広まる。関連企業を含めて総勢一〇〇人近い社員を抱えるクマサデモードでも例外ではない。先日、真尋さんが藤堂に言い放った「付き合ってます」のひと言が大なり小なり経緯を捻じ曲げ、今や僕には隠し子がいることになっていた。強すぎる否定はかえってさらなる誤解を招きかねず、かといっておし黙ってみても「俺たちが考えた最強のゴシップ」が爆誕する始末。もとはと言えば真尋さんがあんなこと言い出さなければこんなことにはならなかったはずだ。ここは藤堂のお望みどおり、一度真尋さんには総務に戻ってもらうというのが得策かもしれん。それで藤堂に誤解であると説明してもらうよう持ちかけて……いやいや、それだとなんだか彼女を保身のための対価みたく扱ってるようで……どうすればいい。どう! すれば! いい?

「ほんとに付き合いますか?」

「ンナッ! 何! また漏れてた?」

「冗談です。白湯川さんって結構小心者ですよね。事実じゃないんだしやましいことないならどっしり構えてればいいのに」

「待ってよ。だいたいこんなことになってるのも君があんなこと」

「ドーナツ食べます?」

「どーゆー流れ! そんな気分じゃないよ」

「甘いものは脳の働きにいいそうですよ?」

「いぃいぃ。要らない」

「期間限定なんだけどなぁ」

「……じゃあ、一個もらおうかな」

「はい、期間終了しちゃいましたーざんねーん」


 ……このクソアマァ。ダメだ、おちつけ白湯川進一。おまえはいま完全にダンサーインザ手のひらだ。そうだ。事実じゃない。それは真尋さんの言うとおりだ。どっしり構えればいい。ちょっと練習してみろ。やだなあ、そんなわけないじゃないですか? 隠し子? 影武者? ないない、ないですってば。よし、やれる。お前は昔からやれる時はやれる男だ、そうだろ白湯川!


「ご結婚おめでとう」

 ヴフッーーーーッ!!! 派手な柄シャツにパジャマみたいな短パン。クマサデモード代表、熊田卓馬社長その人ーーーーッ!!

「あ、社長、おはようございます」

「真尋ちゃんも入社早々やるじゃんやるじゃん」

「あー、すみません。あれは言葉のはずみみたいなことで」

「え? そうなの? 結婚は?」

「しないっていうか、課長とはそういう仲じゃないんです。ごめんなさい」

「マジかー。俺、お父さんにお祝いメールおくっちゃったよ」

 ヴフッーーーーッ! お父さん? 誰の! てか社長と真尋さんどーゆーカンケイ?

「え! ちょ それはさすがに私もヤバい感じがしてきました!」

「あのー、社長と真尋くんはどういった?」

「白湯川、お前、死ぬど」

「物騒! なんで!」

「真尋ちゃんの親父は俺と大学の同級生でさ、治五郎って言うんだけど半カタみたいな奴なんだ」

「半カタ? ラーメン屋さんか何か?」

「半分カタギ」

「それはもうヤでは! ハンシャでは!」

「や、まあカタギはカタギだがツラがそのそれでない」

「真尋さん! 俺!」

「課長! 父から鬼電なってました! 頑張って乗り越えましょう!」


 仕事してーーーーーッ!

 

 次回「白湯川、死す」来週も(生きてれば)デュエルスタンバイ!

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