2.

 テディベアに血統書を付ける。我が社のトップはついに乱心したと、この時は誰もがそう思っていた。ところが世間の反応は一味違った。血統書なんて大層な物言いだがナンバリングの延長のようなもので、そこにオマケで「確かな血筋」的なことが書いてあるだけのことが思いのほかウケたのである。そこでやりきることが如何に大切かを学んだ我々社員一同はこの大当たりを逃すまいとしてプロジェクトの細分化を行い、結果出来上がったのが雌雄選別課だった。僕に即日辞令がおりて、以来ひとり課長でやってきた。しかしながらブームは勢いのとどまるところを知らず、中高生を筆頭に売上を伸ばす一方で、この一見無駄とも思える選別課の業務も多忙を極むことになる。社長曰く、選別課は願掛けのようなものらしい。こういうことをわざわざしていることが社のオリジナリティであり、かつこの得体の知れないブームの息を支えているのだと。神は細部に宿るの実践だった。ならば人を増やしてくれと僕は会社に掛け合った。本当に死んでしまうと思ったからだ。一人でやっていた時のピーク時には運ばれてくるぬいぐるみを♂♀の書かれたケースに投げ入れるたびに目が濁っていく心地があった。生まれた時代で高度経済成長というものを知らない僕だったが、あの瞬間はそんな忙しなさに匹敵したろうと思える。僕の命懸けの訴えはなんとか受理され、真尋さんはやって来た。会って一番に彼女が言ったことを今でも覚えている。今日からドロボー課でお世話になります。選別課ここが他の部署でなんと呼ばれてるかくらい僕の耳にも入っていた。ふざけるんじゃねえと思ったが口にはしなかった。しかし、しかしである。この女、面と向かって僕にそう言った。何も悪びれることなく曇りなき眼を輝かせ。僕はそれまで積み重なってきた疲労からか口汚い言葉を吐いたような気がする。最悪の出会いだった。ひととおり言い放った僕に向かって真尋さんは「じゃあ私もがんばりますね。いろいろ教えてください」と返した。ノーダメかよ。すっかり調子が狂ってしまった。だからなのかもしれない。彼女とはすんなり会話できるのだった。そのフツーさに今の今まで気づかなかったくらい自然に。そのことを食事の席であらたまって指摘された瞬間はいつもの僕が出てしまったけれど、翌る日の今日、またここで顔を合わせるとそれまでのフツーに戻っていた僕である。まったく不思議な人だった。異常に純粋な人とも思った。それまでの人生で僕が出会ってこなかった珍しい人。

「白湯川さん?」

「だから真尋弥恵という人は僕にとって」

「聞いてます? 私がどうしました?」

「うわああ え 何! 聞いてた?」

「こっちのセリフです。えっとここなんですけどここ」

「ここ あ えっと」

「私てきには男の子なんですけどビミョーなラインで」

「そんな真面目にやんなくていいよ。わかんないんだからフツー」

「ちょっと! 白湯川さん!」

「はいッ」

「私、初日に白湯川さんに言われたこと忘れてませんから。どんな仕事だって本気でやってる人間がいるんだ。だから知りもしないでバカにするなよって。私、それで選別課って素敵なとこかもしれないって思ったんです。だから失望させないでください!」

「……ゴメン」

「わかってもらえたらいいです! で、この子ビミョーなんですよね」

「メスだよ。オスならもう少し丸みをおびてる」

「さすが! 課長ですねッ」


 はあ、調子くるうな。

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