プライマル

川谷パルテノン

1.

「白湯川さーん、ちょっといいですか?」

「なんですか」

「早口言葉ってどーして早くしなきゃいけないんでしょーか?」

「仕事して」

「はーい」


 三日前から僕と同じ部署になった真尋弥恵まひろやえという女。かなりの曲者だった。僕が配属される部署はテディベアの雌雄の選別といった大変特殊なところで人員が僕しかおらず、流石に手が回らないので会社に直談判したのだが、結果としてやってきたのが真尋さんだった。真尋さんは元々総務課の新人で、会社的にもまだ代えのきくポジションだったのだろうけど、もう一つ言えば仕事も出来ないほど鈍臭いパッパラパーなわけではないのだけれど、何もかもが僕のペースと噛み合わなかった。今だってどうして早口言葉の話なんかし始めたのやらキッカケさえわからない。そんな疑問より今の仕事こそ意味がわからなくないかってのはさておき、僕は三日目にして些か参っていた。帰宅した際の疲労度がもういつもの倍ではきかなくなっている。わりと無理を言ってみた上での現状だけに続けて「チェンジで」とも言いづらいし、真尋さんにも失礼かなとも思うのだ。だがしかし、

「白湯川さん」

「何ッ」

「え? 終わりましたけど。今回は女の子が四頭でした」

「あ ごめん ありがとう そこ置いといて」

「はーい」

 いかん。だいぶナーバスになってる。そういうとこだぞ。常にイカれてるなら僕だって切り出しやすい相談さ。わりと仕事が出来る、それがこんなにも厄介に思えるとはな。

「そうだ白湯川さん、今日仕事終わり飲みにいきましょうよ」

「なんで」

「なんでって、理由とかいる人です? だったら私の歓迎会まだですよ」

「歓迎会とかしたほうがいいの?」

「そりゃそーですよ 白湯川さんって変わってますよね ニンゲン嫌いっぽそー」

 テメーには言われたくねぇなあ。半ば意地のようなところもあったが彼女の歓迎会とやらを開く次第になった。僕は大気圏を突破出来るのか。だいたい話すことなんて何がある。ぬいぐるみのオスメスに何の意味がある。不安だけは大量にあった。

 店は彼女が手筈を整えてくれた。高そうな料亭である。おい。おいおいおい。

「こーゆー時ってフツーはチェーン店とかなんじゃ」

「歓迎会要るかどーかもわかんない人は静かにしててくださーい」

 いざとなればカードで払えばいいが、僕は財布の中身をチラ見して、暖簾をくぐる瞬間はケツの穴が高速で微振動した。

「白湯川さん、とりまビールですか?」

「そうだね」

「じゃあ私これで」

 一番タケぇプレミア焼酎じゃねいか。ナンダコレ? 新手のデート商法か? お?

「お鍋にします? 小鉢つまみます?」

「小鉢ツマミマスッ 摘まさせてくださいッ」

「じゃあこれとこれとこれとこれ……」

「とりあえずそれでッ!」

 FXで財産溶かした顔。僕は早くもブラックホール女の誘いに乗ったことを後悔し始めていた。

「真尋くんはなんでウチの会社に入ったの?」

「あー、最初に採用してもらえたからですね」

「じゃあ他にも内定あったんだ」

「そうですね。十社ちかくあったかな。アヴェノ生命とか」

「めちゃくちゃ大手じゃない! そこ蹴ったの?」

「まーほーなりまふよね。このタケノコおいひっ」

「やっぱ変わってんねえ」

「恵まれてたとはおもいますよ。でもなんだろハッキリと夢とかもなくて。ほらサブスクとかでいつだっていろんな映画がすぐ見れるじゃないですか。でもいつでもできるって思っちゃうと結局後回しになっちゃって。さすがに就職は決めなきゃいけないし、だったら義理とか大切にしよっかなって。優しくされたら優しくしたいじゃないですか。そのほーが後悔しても言い訳つくかなって」

「真尋くん、意外と建設的な考え方するんだね」

「白湯川さんは? どうしてこんな仕事してるんですか?」

「こんなって、まあこんなだけど。僕は悔しいけど君が言ったように人付き合いがニガテでさ。最初は工場とかに入ったんだけどそれでも人間関係で拗れてしまって。いろいろあった末に今の仕事に行き着きました。馬鹿馬鹿しい業務だし、世間のどこに需要があるのかわからないけどなぜだか毎月給料が振り込まれて。僕にしてみたら天職なんだよ。」

「だったら応援なんて呼ばないほうがやりやすかったんじゃないですか?」

「物理的な問題はあるからね。ケースバイケースです」

「白湯川さん、苦手って言うわりに私とはフツーに喋れてますよね」

「え」

「うん?」

「そ」

「え?」

 急に無理なった。今日まで意識してこなかったし、こういうのは歳をとれば和らぐのだと勝手に思っていた。でも指摘されてダメなった。味も言葉も目の前も無になった。おのれ真尋弥恵。「ごちそーさまでした」財布の中身も無になった。

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