残痕の先へ 5
用心に用心を重ねて、道を選び、母の許へと辿り着く。洗濯をしていたらしい、ラウドを見た母の青白い顔に、ラウドはほっと胸を撫で下ろした。とにかく無事に、母の許に帰って来ることができた。母の泣く姿は、二度と、見たくない。ラウドを見て顔を曇らせた母に、ラウドは大丈夫だと言うようににこりと笑った。服は破れてしまったが、とにかく、無事だ。
次の瞬間。ラウドの目の前に立った母が、不意に、ラウドを自分の後ろに隠す。どうしたというのだろう? 母の背から顔を出したラウドは、次の瞬間、あっと声をあげた。ラウドと母の前にいたのは、件の、緋色の上着と黒のマントを身に着けた、隻眼の騎士。母の居場所が分からないように、ちゃんと用心を重ねたのに、何故? この場所が見つかったのは、自分の落ち度だ。無意識のうちに、ラウドは唇を噛みしめていた。
「……ローレンス」
その騎士を見た母の口から、小さな声が漏れる。母は、この騎士を知っているのだろうか? 驚きで、ラウドは目を丸くして母の、ラウドと同じ色の髪を見つめた。
「あなたの記憶に留めてもらっていたこと、光栄に思いますよ、ルチア」
立ち尽くして騎士を見つめる母に、ローレンスと呼ばれた騎士が恭しく頭を下げる。
「最後に戦場で相見えたのは、もう七年も前のことになりますね」
「そうね」
口の端を上げた母に、ローレンスが大きく笑うのが、見える。そしてローレンスは、ラウドの方を見、そして再び母を見つめた。
「貴方の息子だと、すぐに分かりましたよ。ルチア」
ローレンスの言葉に、母の手がラウドの身体を再び母の背に押し付ける。母の震えを、ラウドは自分のことのように感じていた。
「何を、企んでいるの、ローレンス。貴方は、古き国の騎士。そして、私は」
「村人達から、貴方達のことを聞きました」
母の言葉を、ローレンスは微笑みで止める。
「貴方達の、力になりたい。それだけです」
「そう」
不意に、母の背が、ゆらりと揺れる。ラウドが叫ぶより早く、母を支えたのは、ローレンスだった。
「大分、弱っているようだな」
青白い母の顔に戦くラウドに対し、ローレンスはあくまで冷静だった。
「村に運ぶ。付いて来なさい」
そして。ローレンスの言葉は、ラウドを従わせるに十分な力を持っていた。
くるりと向きを変え、小屋のベッドから眠っている妹の小さな身体を抱き上げる。結局、自分は、母も、妹も、守ることができなかった。妹を抱き締めたまま戻って来たラウドの心は、悔しさで一杯だった。
「悔しいのか?」
そのラウドの頭上から、ローレンスの何処か勝ち誇った声が降ってくる。その髭面の騎士の眼帯を睨むように見上げると、ローレンスはラウドを見返し、そしてにこりと笑った。
「その悔しさを、忘れるな。忘れなければ、いくらでも強くなれる」
涙が、頬を伝って落ちるのが、分かる。
負けるものか。絶対に、誰にも負けないほど、強くなってやる。母を横抱きにしたローレンスの後ろを妹を抱いて歩きながら、ラウドは何度も、自分の心にそう、言い聞かせた。
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