残痕の先へ 3

 森の中に入ると、村の中ではどことなく張り詰めていた気が緩まるのを感じる。しかし、油断は禁物。敵が、新しき国の王に仕える騎士達や古き国の女王に仕える騎士達が何処から現れるか、分からない。騎士は弱い者の味方だというが、古き国と新しき国の両方に用心しなければならない立場であるラウドにとっては、両方とも、敵。村への行き帰りで道を変えるのも、母と暮らす小屋を他人に知られない為の、用心。


 今日は、大きな木が生えている方の道を通って帰ろう。道沿いで、食べられる茸が見つかるかもしれない。そう決めて、きょろきょろと辺りを見回して歩くラウドの予想通り、道から少し離れた木の根元に、食べることができると母が教えてくれた茸が群れを成して生えていた。これだけあれば、母が喜ぶ。道を外れ、ラウドはしゃがみ込んで茸へ手を伸ばした。


 その時。石が木の幹に当たる、鋭い音に、はっと顔を上げ、そして木の陰に小さくなる。草の影から音の方を覗き込むと、ラウドが隠れている叢の少し向こうに、人影が二人、見えた。一人は、もじゃもじゃの赤い髪をした小柄な影。そして濃い色の髪を持つ大柄な影の方は、少し母に似ているような気がする。


「中々上手く当たらないな」


 大柄な方が投げやり気味に投げた石が、木の幹を滑る。


「それでは無理だよ、レイ」


 レイと呼ばれたその大柄な影に、小柄な影が笑うのが、見えた。次の瞬間、小柄な影が投げた石が、先程と同じ音を発して木の幹に当たる。鋭く深い傷が付いた木の幹を、ラウドはまじまじと見つめた。小柄な方の石投げの技は、凄い。自分も、あれくらい投げることができたら。知らず知らずのうちに、ラウドの手は彼の技をもっとよく見ようとして目の前の草を掻き分けていた。次の瞬間。ラウドの方を向いた小柄な影が、間髪入れず、ラウドの方へと石を投げる。素早く伏せたラウドの髪の毛を石が薙ぐ、その殺気を、ラウドは震えとともに感じていた。


 見つかった。思考を支配したのは、その言葉。あの二つの影は、新しき国の騎士達が着る白の上着と青のマントも、古き国の騎士達が身に着けている赤の上着と黒のマントも、身に着けていなかった。だが、小柄な方の石投げの技と、大柄な影が身に着けていた無骨な作りの剣から、彼らの武術の腕は、分かる。彼らの所属かは分からないが、母のことが見つかったら、ただでは済まない。子供や自分達よりも弱い者を慰みにするならず者がいるという、村の老婆の言葉が脳裏を過ぎり、ラウドはぎゅっと手足を縮めた。自分は、どうなっても構わない。しかし、母と妹は守らねば。


 だが。何事も無く、時が過ぎる。そろそろと顔を上げたラウドに見えたのは、誰も居ない森の風景。石が当たって傷が付いたはずの木の幹も、何事も無かったかのように無傷で秋の風を受けている。きょろきょろと辺りを見回さずとも、森に居るのはラウドだけだと、すぐに分かった。


 あの人達は、一体? 思わず、首を捻る。だがしかし、小柄な方の石の投げ方は、ラウドの記憶に焼き付いている。手近の石を拾うと、ラウドは記憶の通りに石を投げた。勿論、ラウドの投げた石は、あの小柄な影が投げたようには鋭く飛ばない。しかし、普段の投石よりは確かな速さを持っている。練習すれば、あの人と同じように素早く強く投げることができるようになるかもしれない。そうすれば、母と妹を守ることができる。ラウドは再び石を掴み、そして静かに微笑んだ。

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