明日への思考 3
獅子王レーヴェの戴冠式が近付き、王宮内は普段とは異なる活気に満ちていた。だが、その活気の中にあって、ラウド唯一人だけが、悲しみの表情を崩さない。
「考え過ぎるとお身体に障りますよ、ラウド様」
おそらく、黎明騎士団をどうすれば良いのか思い悩んでいるのであろう、報告書に目を通しながら唇を震わせるラウドの手から報告書を取り上げる。
「外に出ましょう」
ラウドの気分を変える必要がある。そう考えたカレルは、首を横に振るラウドを無理にベッドから立ち上がらせた。
獅子王が政務を行う場である王宮の『表』の、回廊に囲まれた中庭に、ラウドを誘う。秋に近い夏の日差しに、ラウドもカレルも目を細めた。
「起きていて大丈夫なのか?」
不意に、傲慢な声が響く。細めていた目を開くと、中庭の向こう、回廊の柱の傍に、獅子王レーヴェの大柄な影が見えた。王宮に居るからだろう、レーヴェは簡素な、白のチュニックと青の短いマントという、騎士達が身に着けているのと同じ服装をしていた。
そのレーヴェが、ラウドとカレルの方へ歩いてくるのを認め、慌てて膝を折る。
「……顔色は、良さそうだな」
首だけを動かしてお辞儀をしたラウドの肩を、レーヴェの大きな手が掴むのが、見えた。
「そういえば、ラウドには何が欲しいか聞いてなかったな」
おそらく、戴冠式後に行われる論功行章のことだろう。領地でも、財宝でも、何でも好きなものを言って良いぞ。レーヴェの言葉に、ラウドは少し考えるような仕草をし、小さく口を開いた。
「黎明騎士団を、どうしたら良いか、分からないのです」
「何故だ?」
ラウドの言葉に、今度はレーヴェが虚を突かれたような顔をする。
「黎明騎士団は、古き国を打ち倒す為の騎士団、でしたから」
「別に、ラウドがずっと持っていれば良いだろう」
そう言って、レーヴェはにっと口の端を上げた。
「戦は終わったとはいえ、人心はまだ乱れたままだ」
そして急に真顔になる。
「しばらくは、大陸を回って困っている人を助けて欲しい」
レーヴェの言葉に、ラウドははっとしてレーヴェを見上げ、そして静かに頷いた。
「それが終わったら、大陸中を旅して、珍しいものをたくさん見ると良い」
まだ幼い頃にラウドが小さく口にした希望を口にし、レーヴェが再び口の端を上げる。
「真珠が採れるという、南の、異国の海に行くのも良いな」
「はい」
ラウドが見せた久し振りの笑顔に、カレルはほっと胸を撫で下ろした。
遠くから、王を呼ぶ声が聞こえてくる。ラウドの細い肩を強く叩くと、レーヴェはラウドに背を向けた。
次の瞬間。天空から突き刺さるように落ちてきた光に、目が眩む。次にカレルが目にしたのは、レーヴェを突き飛ばしたラウドの、背から胸を貫いた、無慈悲な光の刃。
「ラウド様!」
カレルが叫ぶより先に、頽れたラウドの身体をレーヴェが掴む。
「ラウド!」
レーヴェがどんなに強く揺すっても、力無く揺れるだけのラウドの細い腕を、カレルは絶望とともに見つめていた。
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