明日への思考 1

 都の大通りに並び、歓声を上げる人々の頭越しに、目的の人物を見る。カレルの視線の先に居る、人々の声に馬上から手を上げて応える獅子王レーヴェは威風堂々と、そして普段通り何処か傲慢を崩さない面持ちをしていた。


〈……大丈夫、だ〉


 自分の感情を確かめ、ほっと息を吐く。間近でレーヴェを見ても、殺意は湧かない。古き国の女王がカレルに掛けた呪いは、完全に解けている。おそらく、ラウドの分も。それだけを確かめると、カレルは急ぎ足で、王宮の正門前に集まっている群衆から離れた。


「もう、良いのか?」


 頼んで付いて来てもらったリュングの、揶揄を含んだ声に、こくんと頷く。カレルの主君であるラウドが持つであろう懸念は、きちんと確かめた。カレルの報告を聞いたラウドは安堵するだろう。……聞くことが、できれば。不安が、胸を騒がせる。カレルは速歩で大通りを離れ、裏通りに設えられた通用門から王宮へと戻った。


 その足で足早に、王宮の隅にある、ラウドが眠っている小さな部屋へと向かう。部屋の中は、呪いの件を確かめる為にカレルが離れた時と寸分違わなかった。


「まだ、ラウド様は……」


 カレルの問いに、ベッドの傍らで俯いていたミトが首を横に振る。そのミトに頷いてから、カレルは清潔に保たれたベッドの上に力無く横たわる、柔らかい枕に支えられたラウドの青白い額をそっと撫でた。熱は、無い。だが、カレルが額に触れても、ラウドは身動き一つしない。ただ昏々と、眠っているだけ。血の気を失ったラウドの唇に指を当て、息があることを確かめてから、カレルは溜息にも似た息を吐いた。


 兄である獅子王レーヴェの身代わりとして、古き国の女王が発する呪いを受け入れ、倒れるラウドの様を、ラウドに付き従っているカレルはこれまで何度も見てきた。しかし今回のように、何日も深く眠り続けるラウドは、初めてだ。カレルが少しだけ肩代わりしたとはいえ、それだけ、女王が発した最後の呪いは強力だったということだろう。


 このまま、ラウドが目覚めなかったら。不吉な感情が、脳裏を過ぎる。それは、嫌だ。カレルは強く首を横に振り、眠り続けるラウドの、冷たい頬をそっと撫でた。


 と、その時。


「陛下」


 驚きを含んだリュングの声に、はっとして振り返る。狭い部屋の、小さな扉の傍に、傾きかけた陽の光を反射した金色の髪が光っていた。


「……ラウド」


 獅子王レーヴェの、人々を威圧する蒼い瞳が、カレルの後ろに横たわるラウドを見て曇る。カレルが先程仰ぎ見た服装のまま、ずかずかと大股で、レーヴェは狭い部屋に入ると、カレルを押しのけるようにしてラウドの傍らに立ち、戦で荒れた指をラウドの方へと向けた。先程カレルが触れたのと同じ場所を、レーヴェの太い指が乱暴に撫でる。そのレーヴェの指に反応するように、ラウドの唇が僅かに動くのが、見えた。


「ラウド様!」


 思わず、声をあげる。ゆっくりと目蓋を上げたラウドに、カレルは止まっていた息を吐いた。


「ラウド!」


 そのラウドの肩を、レーヴェが乱暴に掴む。やっと焦点の定まったラウドの灰色の瞳が、レーヴェを見てにこりと微笑むのが、見えた。


「お帰りに、なられていたのですか、陛下」


 小さく呟かれたラウドの言葉を、カレルは何処か淋しげに聞いていた。

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