対峙の果てに 4

 次の瞬間。女王リュスの手から発生した、稲妻のような光が、ラウドとカレルを襲う。


「ラウド様!」


 カレルが叫ぶより早く、ラウドはカレルを横に突き飛ばし、カレルを守るように腕を伸ばした。いつものことながら、無茶を! そう、カレルが思うより先に、ラウドの腕を貫いた光が自分の方へ迫るのを見る。何とか飛び上がったカレルの足に鋭い刃が突き刺さったのを感じ、カレルは思わず呻いた。


「カレル!」


 振り向いたラウドの顔が歪むのを見る前に、続いて降ってきた光の刃がカレルの腕と腹を刺す。衝撃で、カレルは仰向けに冷たい床に倒れた。カレルとラウドの身体が幻であるからだろうか、光の刃が刺さった場所に傷は無い。血も、流れ出てはいない。感じるのは、痺れるような痛みだけ。


「カレル!」


 痛みで動けないカレルの、ぼうっとする視界に、唇を引き結んだラウドが見える。


「カレル!」


 泣かないでください。逃げてください。そう言おうとしたカレルの口から出てきたのは、呻き。


「まずは従者が苦しむ様を見るが良い、ラウド」


 勝ち誇ったような女王リュスの、残酷な声が、ずっと遠くに聞こえた。


「今すぐ術を解いて戻れ、カレル!」


 それでも。ラウドの言葉に、何とか首を横に振る。術の解き方が分からないとは口が裂けても言えない。


 そっと、入り口の方を振り向く。カレル達が入ってきた扉は、今は固く閉ざされている。逃げ道は、無い。どう、すれば。カレルは正直途方に暮れた。その時。


「背中に乗って」


 不意に、ラウドがカレルの上半身を持ち上げる。


「早く!」


 促されるまま、カレルはラウドの小さな背に身を預けた。次の瞬間。カレルを背負ったラウドは真っ直ぐ、女王が立つ場所まで走る。


「なっ」


 何を? 疑問の言葉が口から出るより先に、カレルの周りに再び、稲妻のような光の剣が舞った。


「ラウド様!」


 当たる! カレルが目を瞑るより早く、ラウドは瞠目する女王リュスの直前に立ち止まり、そして素早く身を逸らす。


「なっ」


 驚きの声は、女王のものかカレル自身のものか。ラウドの身のこなしの俊敏さに付いていけなかった、カレルを襲うはずだった光の剣が次々と女王リュスに突き刺さる様を、カレルは驚愕とともに見た。


「……なるほど。それがそなたの策か」


 ラウドの背に乗ったまま、怒りに震える女王リュスの声を聞く。


「やはり、そなたから先に殺しておくべきなのか」


 女王リュスがそう言うと同時に、触れていたラウドの背から温もりが消えた。


「ラウド様!」


 頽れるラウドの身体を支えながら、冷たい床に尻餅をつく。


「ラウド様!」


 カレルが何度叫んでも、ラウドはぐったりとカレルに身を預けたまま。だんだんと蒼く透明になっていくラウドの身体と、間遠になっていく息づかいを、カレルはただ呆然と見つめる他、無かった。


「女王陛下」


 不意に、低い声が、広い空間を震わせる。はっと顔を上げた、カレルの視線の先にいたのは、隻眼の騎士。


「ローレンス卿」


 小さく、叫ぶ。呆然としたままのカレルと、身動き一つしないラウドの方に悲しげに目を向けた後、ローレンス卿は静かな足取りで女王リュスの前に立った。


「どうやら、私の言葉は聞き入れてもらえなかったようですな。……獅子辺境伯リュカの諫言と同じように」


 静かな声が、静かな空間に響く。


「女王陛下の間違いを正すのも、女王に仕える騎士の仕事。新しき国を打ち立てる前、獅子辺境伯リュカはそう、言ったそうです」


 そう言うと、ローレンス卿はカレルとラウドを庇うように、女王の傍から身を引いた。次の瞬間。固く閉ざされていたと思っていた扉が、乱暴に左右に開く。その扉の向こうに立っていたのは、板金鎧を上に青色のマントを纏った多数の騎士、そして金の髪を靡かせた偉丈夫、獅子王レーヴェ。


「裏切ったのか、ローレンス卿!」


 恐怖に染まった女王の声に、ローレンス卿が首を横に振る。


「諫言を聞かず、罪無きものを苦しめたのは貴方ですよ、リュス」


 あくまで冷静なローレンス卿の言葉は、謁見の間に乱入する鎧の音に掻き消えた。


 無言のままの獅子王レーヴェが、呆然とする女王リュスの腕を乱暴に掴む。そのまま、女王の身体をバルコニーまで引きずっていき、華奢な首を刎ねる獅子王レーヴェを、カレルはただ呆然と、見守っていた。


「……これで、終わった」


 カレルと同じように、虚ろな瞳で事の成り行きを見守っていたローレンス卿が、不意に、冷たい床に座り込む。その無骨な手が握っている刃が卿自身の首筋に当てられていることをカレルが把握する前に、柔らかな影がローレンス卿の手から短剣を叩き落とした。


「死んではダメです、ローレンス卿」


 カレルの腕の中にいたはずのラウドが、ローレンス卿の震える腕を掴んでいるのが、見える。


「生きてください、あの少女の分まで」


 そう言うと同時に、ラウドの影は光になって消えた。


「ラウド様!」


 カレルの叫びは、噎び泣くローレンス卿の声に掻き消される。次の瞬間、カレルの視界も真っ白になった。

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