対峙の果てに 3

 ラウドが使っている、王宮内の近衛騎士用の小部屋に、倒れたラウドを運び込む。


「女王の呪いですね。しかもかなり強い」


 沈痛なレギの言葉を、カレルは震えながら聞いていた。


 怒りと悲しみが、全身に渦巻く。無駄な労力でラウドを苦しめる古き国の女王に、そして、苦しむラウドを見つめるだけで何もできない自分にも、カレルは怒っていた。……いや。不意にあることを思い出す。身代わりの魔術について書かれていた本に、書かれていたはずだ。悪しき感情を、肩代わりする、術も。『呪い』も悪しき感情なのだから、その術を使えば少しは、ラウドの負担を軽減させることができる。


 薬師達の部屋に薬草を取りに行くというレギが部屋を出ていったタイミングで、ラウドがずっと所持している件の魔術書をベッド横の棚の引き出しから取り出す。あった。肩代わりの術が書かれた頁を開くなり、カレルは、そこに書いてある呪文を口にした。自分に魔法力が少ないことは、百も承知。それでも、ラウドを助けることが、できれば。その想いだけで、カレルは呪文を唱え続けた。


 不意に、景色が明転する。高い天井を持つ、石造りの建物の廊下に、カレルは立っていた。


「ここは……」


 事態を把握する為に、素早く辺りを見回す。どうやら、何処かの城の中らしい。吹き抜けの周りに設えられた、廊下の真ん中にカレルはいる。そして、ふわりと明るい廊下の向こう、開けたバルコニーに立って外を見ているあの小柄な背中は。


「ラウド様!」


 一息で、バルコニーに出る。


「カレル」


 カレルの声に振り返ったラウドが見せた悲しげな表情に、カレルはにこりと笑った。


「一匹狼は意外に弱い。そうでしたよね、ラウド様」


 先にラウドが口にした言葉を、口にする。カレルの言葉に、ラウドは仕方が無いといった表情で微笑んだ。


「カレル、見て」


 そして静かに、バルコニーの向こうを指し示す。


「まだ、街の城壁すら、突破できてない」


 バルコニーの向こうにあったのは、城壁の中で静寂を維持している石造りの街と、城壁の向こうに立ち上る砂煙。砂煙の間には赤と黒、そして青と白が動いている。古き国の騎士達と新しき国の騎士達が戦っているのだ。そう、認識するなり、カレルは改めてもう一度、辺りを見回した。と、すると、ここは。……古き国の、女王の宮殿! 古き国の女王が放つ呪いによって苦しんでいる間、ラウドの意識は古き国の女王が住まう王城を彷徨っている。かつてのラウド自身の言葉を、カレルはようやく理解した。今ここにいるカレルも、そしてラウドも、幻の身体を持つ、意識だけの存在、なのだろう。そこまで理解してから、カレルは一人、頷いた。


「行こう、カレル」


 そのカレルの袖を、ラウドが掴む。ラウドは何処に行くつもりなのか。一瞬の思考の後、カレルははっとしてラウドを見つめた。……古き国の女王に、逢うつもりなのだ。


「ええ」


 強い決意を秘めた、ラウドの灰色の瞳に、頷く。カレルの手をそっと握ったラウドに微笑むと、カレルはラウドとともにバルコニーを離れた。


 廊下の向こう側に、開いた扉が見える。その扉に向かって、ラウドもカレルも何も言わずに歩いた。言葉にしなくても、分かっていた。これが、最後の戦いになるだろうということは。負けてしまえば、ラウドもカレルも命は無い。微かな震えを覚え、カレルは握っているラウドの柔らかい手を強く握り締めた。そしてそのまま、開いた扉の中に入る。おそらく謁見の間、なのだろう。タペストリーで飾られた、広く、天井の高い部屋には、しかし一人の人しかいなかった。


「来たな」


 その人、古き国の女王リュスが、部屋の奥にある一段高くなった場所に設えられた椅子から腰を上げる。


「やはり、獅子王に向けた呪いは全てそなたが吸収していたのだな」


「もう、終わりにしませんか、女王陛下」


 口の端を上げて醜悪に微笑んだ女王に、あくまで静かに、ラウドが言葉を紡ぐ。


「あなた方のいう『悪しきモノ』は消えてしまったと、ローレンス卿が報告したはずです」


 戦う理由は、無くなった。ラウドの言葉に、しかし女王は醜悪な笑みを崩さず言った。


「そんなことは、もはやどうでも良い」


 そしてひらりと、ラウドとカレルの方にその細い腕を伸ばす。


「妾が欲しいのは、滅びのみ」

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