対峙の果てに 1

 古き国の領土であった隼辺境伯領を占領し、新しき国の王都に戻った時から、ラウドはめっきり口数が少なくなった。


 喋らなくなっただけではない。獅子王レーヴェの代理として王宛の請願を処理している時も、王宮内の図書室から持ち出した本を読んでいる時もしばしば、何かに囚われたかのように目を伏せ、深い溜息をついている。剣術の稽古をしている時や王都周辺の警備に当たっている時はきちんと職務を果たしているので大丈夫だとは思うのだが、それでも、気になってしまう。あまり喋る方ではなかった主君であるとはいえ、この落ち込みようは、おかしい。ラウドの様子に首を捻ったカレルは、あることに思い至り慌てて首を横に振った。まさかとは、思うが、……隼辺境伯領でラウドが首を刎ねた、古き国の女王の血を引くあの凜とした少女に、一目惚れをしてしまった、のでは、ないだろうか? いや、あり得ない。もう一度、首を強く横に振る。あの少女は、敵だったのだ。だが、冷徹に見えて心優しいラウドだから、あのいたいけな少女を殺してしまったことを悔やんでいるかもしれないということは、予想がつく。視線の向こうにいる、王宮の執務室にある小さな机で書類をまとめているラウドの青白い顔に、カレルは深く息を吐いた。


「どうしたの、カレル?」


 そのカレルの耳に、普段通りのラウドの声が響く。


「今日は請願者少なかったね」


 横に立ったカレルに署名した書類を渡しながら、ラウドはにこりと微笑んだ。


 その笑顔に、一瞬で心を決める。もやもやと類推するよりも、はっきり訊いた方が良い。


「何か心配事でもあるのですか、ラウド様? 顔色が悪いようですが」


 それでも、先日の件は出さずにラウドに尋ねる。


「うん」


 カレルの問いに、ラウドは少しだけ俯いて頷き、そしてその灰色の瞳でカレルを見上げた。


「『靄』の中で見つけた『塊』の感情が、忘れられなくて」


 ラウドの言葉に、あっけにとられる。ラウドの回答は、カレルの予測の外にあった。


「悲しい、というか、寂しい、というか。でも、怒りも確かにあった」


 そのカレルの横で、ラウドが言葉を紡ぐ。


「あの『塊』は、いったい何だったんだろう?」


「……リュング師匠に尋ねれば、分かるかもしれませんね」


 少し考えて、カレルはラウドにそう答えた。リュングは元々、古き国の騎士だった者だ。古き国が『悪しきモノ』と読んで忌み嫌っているあの『靄』のことを、おそらくカレル達よりよく知っているはず。


「そう、だね」


 報告の為に黎明騎士団領に行っているリュングが帰ってきたら、尋ねてみよう。そう言って、少しだけ気持ちが晴れたような顔でラウドが笑う。そのラウドに、カレルも思わず微笑んだ。


「今日の仕事はこれくらいにして、涼しい場所で久しぶりにチェスをしましょう」


 根を詰めて任務をこなす傾向があるラウドには、気散じが必要。そう判断し、カレルはラウドの方へ空いている手を差し出した。

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