名も無き花 3

 それからのことは、滞りなく進んだ。


 ラウドが指揮する騎士団の待機部隊はすぐに草原まで到着し、疲労した襲撃部隊は昼前には休息に入ることができた。ラウドからの知らせを受けた獅子王レーヴェ配下の文官も夕方になる前には来てくれたので、明日朝の城の引き渡しに向けた準備も滞りなく進んでいる。ローレンス卿に屠られた味方の騎士達は、カレルが潜んでいた岩の側に葬られた。ローレンス卿と、生き残った敵方の騎士達にはラウド配下の戦士達を付け、逃亡が無いよう十分見張っている。それを確認したラウドは、ローレンス卿の重厚で機能的な城の一室にカレルが確保した寝床で夕方からぐっすり眠っている。しかしカレルは、夜半を過ぎても眠ることができなかった。


 少女に対するラウドの処置が、あまりにもあっけなく思えてしまう。それが、カレルの中にある戸惑い。兄である王を盲目的に尊敬しているラウドなら、絶対に、命令通り、捕らえた上で獅子王レーヴェに引き渡す、はずなのに。いや、彼女も、古き国の女王の血を受けた者。生かしたままでは、どんな呪いをラウドや王に向けてくるか分かったものではない。それは、古き国の女王がレーヴェに対して放つ呪いを代わりにその身に引き受けているラウドの苦しみを具に見ているカレルは身に染みて理解していた。それでも、ラウドの無造作な行動は、理解できない。重厚な城を囲む城壁の歩廊を歩きながら、カレルは深く息を吐いた。ラウドは、カレルの主人は、あんないたいけな少女を無残に無造作に殺すことができる人間だったか? カレルの知っているラウドは、弱き者を全力で守る、騎士の鏡のような青年だった、はず。あのか弱き無垢な乙女なら、自分の身も顧みずに全力で守るような。凜とした少女の、白金色の髪を思い出し、カレルは思わず首を横に振って幻影を追い出した。あの少女は、敵。獅子王に引き渡したところで、その身を穢された上で処刑され、葬られることも誰からも悲しまれることもない、存在。


 と。歩廊の壁に穿たれた狭間の向こうに見たことのある大柄な影を認め、立ち止まる。あの影は、まさか。結論が頭に至る前に、カレルは歩廊を降り、不寝番を務める味方の門番に断りを言って城の外へと飛び出した。


 すぐに目的の影に追いつく。カレルの目の前にある大柄な影、ローレンス卿は、追いついたカレルが腰の剣を抜いても不敵な笑みを崩さなかった。


「さすが、あの王子の腹心」


 カレルを見たローレンス卿が、口の端を歪める。カレルを見ても逃げず、武器を持っていないように見える卿の姿に、カレルは剣を収めた。


「私を主塔に閉じ込めたのが間違いだったな」


 どうやって外に出たのか、尋ねる前に、不敵な響きで卿が言葉を紡ぐ。古き国が作った城には必ず、古き国の騎士の証である椿の留め金を鍵とする脱出用の抜け道が作られている。従者に変装させた少女を城から脱出させた出口も、卿が城から抜け出す時に利用したのも、その脱出口。そして。


「行っておかねばならぬ場所があったからな」


 主塔に設えられたその脱出口から外に出た理由を、ローレンス卿は道の先を示すことでカレルに教えた。道の先にあったのは、糸杉の林。墓地だ。この場所を離れる前に、親しい人々が葬られた場所を訪れること、それが、卿の脱出目的。そこまで理解すると、カレルは口を閉ざしたローレンス卿の後を黙ってついて行った。


 細く伸びた糸杉に囲まれた場所にあったのは、様々な大きさの石と、一つの小さな土盛り。その、墓地の端にあった、まだ掘り出したばかりの濃い色であることが月明かりで見て取れる小さな土盛りの上に白いものを認め、カレルははっと胸を突かれた。この土盛りの下に葬られているのは。そして草原に咲いていた白い小さな花を手向けたのは。


 嗚咽と、震えが、カレルの耳に響く。堰を切ったようなローレンス卿の噎びを聞きながら、カレルはただ静かに、月に照らされた、萎れた名も無き花を見つめていた。

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