名も無き花 2

 従者を守る大柄な騎士の前に、騎士にしては小柄でほっそりとした影が立ち塞がる。あの影は。


「ラウド様!」


 無茶です! カレルが叫ぶより早く、大柄な騎士の残酷な刃がほっそりとした影に襲いかかる。だが、対峙した小柄な影は、その重い攻撃を、何とも無いという風に手の中の剣で受け止めた。そして受け止めた大剣を跳ね返すなり一歩歩を進めて大柄な騎士をたじろがせる。さすが、ラウド。感心する間も無く、カレルは走る勢いのまま大柄な騎士と従者の間に割って入った。ラウドが大柄な騎士を留めている今、カレルの、役割は。大柄な騎士の影に隠れた従者の腕を、カレルは一瞬で後ろ手に捻りあげた。


「アリア様!」


 痛みに叫んだ従者に、振り向いた大柄な騎士が悲痛な声を上げる。その大柄な騎士の足を剣を持った籠手で殴ったラウドが、地面に膝をついた騎士の首筋に剣の切っ先を突きつけたのが、見えた。


「武器を、捨ててください。ローレンス卿」


 被っている兜の所為かくぐもって聞こえるラウドの声が、静かになった空間を震わせる。諦めたように外された大柄な騎士の兜の下には、噂に聞いていたローレンス卿の特徴である眼帯が、確かに、あった。なるほど、ローレンス卿なら。暴れもしない従者の華奢な腕をしっかりと掴んだまま、カレルは深く息を吐いた。古き国でも勇猛な戦士だと称えられている卿が相手なのだから、生半可な騎士では太刀打ちできないのも当然。


 やっと昇ってきた夏の朝日が、花の多い草原を明るく照らし出す。顔を上げると、自分より大柄な、まだ生きている敵方の騎士を引きずるようにこちらに連れてくるミトの姿がはっきりと見えた。先程まで隠れていた岩の上に登ってはしゃいでいるようにみえるディーの姿も。


 そして。改めて、腕の中の小柄な従者をまじまじと見つめる。ずり落ちてしまった頭巾の下にある短く刈り込まれた白金色の髪が、朝日を浴びてこの場にそぐわないほどきらきらと輝いている。僅かに見える胸の膨らみが、この従者がまだいたいけな少女であることを示していた。確かに、この少女だ。ただ一人、こくんと頷く。この少女を捕らえることが、新しき国の若き王、獅子王レーヴェの命。


「この子が、古き国の女王の血を受けた者なのですね、ローレンス卿」


 兜を脱ぎ、剣を下ろしたラウドが、ローレンス卿にそう尋ねる。項垂れた卿が小さく頷く様と、ミト達が連れて来た敵方の騎士達が唇を震わせる様を、カレルはラウドと同じようにして確かめた。


「騎士達の武装は解いているな」


 そのカレルの耳に、ミト達に指示するラウドの、あくまで冷静な声が響く。ミトが頷くのを見て取ると、ラウドは次にカレルの方を見た。


「腕を、放してあげて」


 ラウドの指示通り、従者の格好をした少女の華奢な腕から手を放す。自由になっても逃げようとせず、冷静な赤い瞳でラウドを見つめる少女に、ラウドは剣を下ろしたまま表情を変えず近付き、そして静かに微笑んだ。


「跪いて。目を閉じて」


 ラウドの持つ剣が、動いたのかどうかすら、カレルには分からなかった。気が付いた時には、ラウドが持つ剣は新たな赤に染まっていて、ラウドとカレルの足下には、少女の身体が静かに倒れていた。首を刎ねられた少女から流れ出す血が、草原に咲く白い小さな花を赤く染めるのが、見える。


「明日の朝、城を明け渡してください、ローレンス卿」


 動かない少女の華奢な身体から目を離すことができないカレルの耳に、あくまで静かなラウドの声が、響いた。

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