悪しきモノ 3

 口腔から胸に広がる熱に、思わず咽せる。


「あ、起きたか」


 カレルを心配そうに見つめるリュングの、普段通りの明るい声に、カレルの意識は一瞬で元に戻った。


「これで、毒でないことは証明できたな」


 そのリュングが、手にしていた小瓶をカレルの横の人物に差し出す。


「ラウド様!」


 おそらくリュングのものであろう、青色のマントの上に上半身を起こしたカレルの横には、ミトのしっかりとした腕の中に力無く横たわるラウドの姿が、確かに、あった。


 リュングが差し出した小瓶を無言で受け取ったミトが、ラウドの唇にその小瓶の口を差し入れる。飲み込む気力も残っていないのであろう、ラウドの唇から茶色の液体が零れ落ちるのを見て取るや否や、カレルはミトの手から奪うように小瓶を受け取り、中の苦い液体を口に含んでラウドの乾いた唇に自分の唇を重ねた。ラウドの白い喉が動くのを確認すると同時に、小さな呻き声がカレルの耳に響いてくる。ラウドが無事であることに、カレルはほっと息を吐いた。


「『悪しきモノ』にはやはり、古き国の解毒剤の方が効くな」


 そう言いながら、リュングが少し離れた場所を見る。顔を上げると、カレル達から少し離れた場所に、大木に凭れた赤い制服が見えた。ラウドを靄の中に投げ込んだ騎士だ。唇の震えとともにそれを認識する。カレルの怒りが唇に達するよりも早く、件の騎士はカレルの方へ近付き、怒りではなく戸惑いを浮かべた瞳でカレルを見下ろした。


「何を、した?」


 騎士の唇が、疑問を発する。


「古き国の騎士の血と力が無ければ『悪しきモノ』を封じることはできないはずだ」


 思いがけない言葉に、カレルは思わず、元『古き国の騎士』であるリュングの方を向いた。


「自分達が何もしていないのに『悪しきモノ』が綺麗さっぱり消えてしまったことが、信じられないそうだ」


 ラウドを助ける為にカレルが靄の中に飛び込んですぐ、強い風に煽られるかのように、靄は綺麗に消え去った。靄があった場所に折り重なるように倒れていたカレルもラウドも、体力を失っているだけで怪我一つしていない。そのことが、自らを傷付け、命と引き替えに靄を消すこと、カレルにとっては無駄としか思えないことを行ってきた古き国の騎士には、自身の存在に関わるほど衝撃的なこと、なのだろう。リュングの簡潔な説明から目の前の騎士の表情の原因を読み取り、カレルは心の奥底でこっそり笑った。それでも、騎士の問いに正直に答えようと思ったのは、横に居るリュングが好奇心に満ちた目をカレルに向けていたから。


 靄の中でラウドが見つけた塊のこと、その塊がラウドの掌の中で溶けるように消えてしまったこと、そして古き国の王都近くにある静寂に満ちた森に似た光景と、そこに居た古き国の女王に似た少女のこと。靄の中でカレルとラウドが体験したことを包み隠さず目の前の騎士に話す。カレルの報告に、騎士は信じられないといったように首を強く横に振った。


「嘘は、無さそうだな」


 それでも。カレルの話を遮ることなく聞き、静かに頷いたリュングに、古き国の騎士も顎を引く。


 釈然としない表情で、それでも胸を張るようにして去って行く赤色の制服を、カレルはずっと、見つめていた。

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