悪しきモノ 2
「ラウド様!」
何も見えない。感じるのは、膝と掌が接している地面の冷たさだけ。体力をもぎ取る闇の中、それでもカレルは必死に、全身を目と耳にしてラウドの気配を捜した。
「カレル?」
しばらく経ってから、ようやく、聞き知った小さな声を耳にする。その声の方へ右腕を伸ばすと、柔らかな手がカレルの腕を掴むのが分かった。
「カレル、大丈夫?」
ラウドの方も、靄に体力を奪われているのだろう。何時になく冷たく感じる掌に、戦く。そのラウドの腕をしっかりと掴むと、カレルは飛び込んだ方向とは真逆の方向へと、這うように歩いた。だが、どんなに進んでも、靄が途切れない。夜よりも暗い闇が、続くだけ。この、靄は。古き国の騎士達がこの靄を滅ぼさないといけないと判断した理由を感じ、カレルの全身は細かく震えた。靄は、カレルの体力と熱を容赦無く奪っている。このままでは、ラウドの命が無い。早くこの靄から脱出しなければ、その意志だけで、カレルはラウドの腕を引っ張っていた。
「……待って、カレル」
不意に、カレルの腕が逆に引っ張られる。慣性のままにぶつかったラウドの、温もりの消えかけた身体を感じ、カレルは思わずその身体を抱き締めた。
「大丈夫だよ、カレル」
そのカレルの背を、ラウドの冷たい手が優しく撫でる。そしてラウドは、闇の向こうを指し示した。
「あれを見て」
ラウドの指の先にある闇を、しっかりと、見つめる。闇の向こうに見えた、周りよりも更に深い闇の色をした真球に、カレルは思わず息を呑んだ。その塊の方へ、ラウドは一歩足を進める。ラウドが拾い上げたその塊は、ラウドの小さな手にすっぽりと収まるほど小さかった。
「何だろう、これ」
その丸い塊を目の前に翳したラウドが首を傾げる。
「レーヴェの真珠を黒くしたみたいだ」
確かに、ラウドの言葉通り、ラウドが手を傾ける度に、その塊はぬめるように闇の色を変えていく。そして。
「冷たくて、なんか、……淋しそう」
そう言いながら、ラウドは、その塊を両手で包み、抱き締めた。次の瞬間。
「あ」
口をぽかんと開け、両手を開くラウドに、カレルも目を見開く。ラウドの掌にあったはずの塊は、崩れ果て、そしてラウドとカレルの見ている前で周りの闇に溶け込むように消えた。
「え?」
何が何だか分からない。戸惑いの表情を浮かべたラウドを、何も言えずに見つめる。その次の瞬間。カレルとラウドの周りにあった闇は、風に攫われるように消えた。
しかし次に現れた風景も、元の森ではない。仄白い木肌と、黒々とした樹冠を持つ、冷え冷えとした木々の間に、カレルとラウドはいた。
「ここは……」
既視感のある光景を、見回す。すぐに、カレルの視線は、現実味の無い光景の中に一つの影を認めた。あの、影は、カレルとラウドを見つめる赤い瞳に、戦きを感じてしまう。だが、次の瞬間、カレルの視界は黒く染まり、古き国の残酷な女王に似た、白い髪の少女の影は、見えなくなった。
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