一匹狼は意外に 6

「……おそらく、それは、『飛ぶ』力が働いたのでしょうね」


 カレルから、これまでのことを聞いたレギが、深く息を吐く。


「『飛ぶ』力は、古き国の騎士達だけが持つ性質ではなかったのだな」


 天幕に設えられたベッドの上に身を起こしていたカレルの横に座って話を聞いていたリュングも、息を吐いてから笑った。


「新しき国の騎士達も、多かれ少なかれ持っているのですよ」


 そのリュングに、レギが静かに説明する。


「これまで、その力を発動した者が稀なだけで」


 カレルとラウドが、古き国の王都を臨む岩山から、その王都近くの白と黒の森に一瞬で移動してしまった、その理由は、その昔、白と黒の森に棲み、この大陸の生きとし生けるものを恐怖で以て支配した『闇の王』を退治し、古き国を打ち立てた騎士達が持っている、『闇の王』の力の残滓に反応する『力』の為。新しき国の獅子王も、元々は獅子辺境伯として古き国の女王に仕えていた。新しき国の騎士達は、女王と対立した獅子辺境伯が新しき国を打ち立てた時に彼に従った者達の子孫なのだから、新しき国の騎士達と古き国の騎士達が持つ『力』は、似ていて当然。白と黒の森に近い場所に行ったが故に、元々強かったラウドの中の『力』が発動してしまったのだろう。レギの説明に、カレルもリュングも頷いた。


「どうすれば、その力を抑えることができますか?」


 カレルの横のベッドで眠るラウドを見つめながら、レギに尋ねる。背中の傷が痛まないよう、クライスが毛布を巻いて作った抱き枕を抱き締めて横向きで眠るラウドは、何時になく安らかな顔をしていた。熱も、大分引いているようだ。少しだけ、カレルはほっと息を吐いた。


「『飛ぶ』力を抑えるには、『記録片』が良いのだが」


 カレルの問いに、リュングが笑う。


「ラウドの言動を、古き国の記録に残すわけにはいかないからな」


「ええ」


 古き国の騎士達が常に身に付けている、騎士達の言動を古き国の図書室内にある本に記録し続ける『記録片』のことは、カレルもリュングから聞いて知っている。ラウドの戦略は、新しき国の戦い方に大きく寄与している。その情報を、古き国に渡すわけにはいかない。


「では、他に方法は」


「調べて、おきましょう」


 黎明騎士団の領地を守っているセナなら、良い方法を知っているかもしれませんね。友人の名を挙げたレギに、カレルは少しだけ口の端を歪め、再びラウドを見た。ラウドに二度と、こんな酷い傷を負わせてはいけない。その為にも、『飛ぶ』力の制御について早めにセナに問い合わせなければ。足の痛みを覚えつつ、カレルは一人、頷いた。


 と、その時。


「ラウドは、元気か?」


 天幕の入り口が、乱暴に開かれる。


「陛下」


 顔を上げると、黄金の髪を靡かせた偉丈夫が、見えた。


 その偉丈夫、獅子王レーヴェがつかつかと、ラウドが眠るベッドの側に立つ。


「元気そうだな」


 そして乱暴に、レーヴェはラウドの髪を撫でた。


 次の瞬間。眠っていると思っていたラウドの身体が、不意に跳ね上がる。


「ラウド様!」


 そのラウドの右手に光る刃に気付いたカレルが叫ぶ前に、レーヴェは一歩下がってその刃を避け、ラウドの腹を強く突いた。


「ラウド様!」


 レーヴェの拳に飛ばされ、カレルの膝の上に倒れたラウドの身体を、強く揺する。カレルの方に気怠く顔を向けたラウドの瞳は、毒々しい紅色に染まっていた。


「女王の、呪いだな」


 閉じかけたラウドの瞳を見たリュングが、ラウドの手にまだ強く握られた短刀をもぎ取る。そしてリュングは、ラウドを抑えていない手でカレルの肩を掴んだ。


「リュング師匠?」


 リュングの突然の行動に、戸惑いを覚える。しかしすぐに、自分の中の衝動に気付き、カレルは唇を噛み締めた。ラウドだけに、ではない。古き国の女王リュスは、カレルにも呪いを掛けた。レーヴェを憎み、殺そうとする、呪いを。足の痛みがなければ、先程のラウドと同じように、カレルもレーヴェに飛びかかっていた。


「まさか」


 おそらくラウドの短剣で傷付いたのであろう、左腕に細く流れる血に顔を顰めたレーヴェが、レギを見て問う。


「ええ」


 俯いたレギの表情が、全てを物語っていた。


「道理で、簡単に逃がしてくれたわけだ」


 リュングの溜息に、俯く。ラウドがレーヴェを殺せば、いやカレルがレーヴェを傷付けても、ラウドは自責の念に駆られ、自ら命を絶つだろう。女王自身や騎士達の手を汚さなくとも、簡単に戦力を激減させることができる。罠の巧妙さと、残酷さに、カレルの全身は震えた。


「とにかく、こうなってしまっては、ラウドとカレルをここに置いておくわけにはいきませんね」


 再び気を失ったラウドをカレルの側に寝かせるリュングを見つめることしかできないカレルの耳に、レギの言葉が悲しく響く。そして。


「黎明騎士団を、新しき国の王都を守る任につける」


 レーヴェの決断に、カレルは眠るラウドを悲しげに、見つめた。

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