一匹狼は意外に 4
「……カレル」
消えそうな声に、はっと声を止める。
「カレル、大丈夫?」
俯せのまま、カレルの方に僅かに顔を向けたラウドの、光る灰色の瞳に、カレルは思わず頷いた。
そのカレルに、ラウドが僅かに微笑む。
「ちょっと、待ってね」
ゆっくりと、ラウドの身体がカレルの方に這い来る。石壁を掴んで上半身を起こすと、ラウドはカレルの身体にその華奢な身体をくっつけた。
「腕、外すね」
ラウドの声と同時に、右腕が、自由になる。その右腕で、カレルは、自分の方へ倒れ込むラウドを抱き締めた。腕に触れたラウドの身体は、何時に無く冷たい。膝を濡らすラウドの血の生温かさに、カレルは震えを止めることができなかった。何とかしなければ。膝の上に倒れ込んだラウドの、乱れた髪を、カレルはそっと撫でた。
「大丈夫」
そのカレルの耳に、ラウドの微笑みが聞こえる。
「どこか、出口を捜さないと」
カレルの左腕の枷を外したラウドは、薄暗い空間を見回し、息を吐いた。
「脱出する、つもりなのですか?」
「勿論」
獅子王陛下に、迷惑を掛けるわけにはいかないから。はっきりとしたラウドの答えに、息を吐く。確かに、せっかく削った古き国の戦力を回復させることは、避けた方がよい。しかし、今は、たとえ人質交換という屈辱的な方法でも、生きていた方が良いのでは。生きていれば、屈辱を晴らすことはできるのだから。
「あの女王が、私達を生かしたまま帰すとは思えない」
しかしながら。あくまで冷徹なラウドの言葉に、頷く。生かしておく気なら、ラウドが動けなくなるまで鞭打つことはない。そう考えたカレルの膝に、何か堅いものが落ちてきた。
〈これは……?〉
痺れている手で、膝の上のものを掴む。金属製の手触りと、片面に付いていた針で、その物体がマントを留める留め金であることがカレルにはすぐに分かった。
「古き国の、騎士達の留め金だね」
首を傾げたカレルの手に触れたラウドが、すぐに答えを出す。
「『城』も、脱出しろって言ってる」
そして。首を傾げざるを得ない言葉を、ラウドは口にした。
「女王の呪いで眠っている時に、この城のことを夢に見るんだ」
そのカレルに補足するように、ラウドが微笑む。
「ここに来るまでは、夢で見る場所がこの城だって、全く分からなかったけど」
石造りの、冷徹で謹厳な空間。その中を動く、赤と黒の制服を纏った、自分と同じ騎士達。そして、過去の女王達が持っていた魔力が堆積している所為か僅かな『意識』を持ち、女王が呪いを行使する度に悲しみに悶える城。カレルが持つ留め金を取り上げ、冷たい床をゆっくりと這うラウドの言葉を、カレルはただ呆然と聞いていた。
それにしても。ラウドの行動に首を傾げる。床を這って、ラウドは何を捜しているのだろう?
「……あ」
不意に上がった、ラウドの喜声に、顔を上げる。カレルから大分離れた、牢の床を、ラウドがゆっくりと押し上げるのが、暗い空間の向こうにようやく、見えた。
「ここから、逃げられる」
無理な動作で傷が痛むのか、顔を顰めたラウドが、それでも嬉しそうにカレルの側まで戻る。
「逃げるよ、カレル」
ラウドの言葉に、カレルは首を横に振った。
「お一人で、逃げてください。ラウド様」
矢を受けた右足が、全く動かない。これでは、足手まといになるのは、必定。ラウドは何とか動けるのだし、新しき国はラウドの戦略を必要としている。ラウドさえ逃げることができれば、新しき国は古き国を打ち倒せるのだ。カレルはもう一度、ラウドに向かって首を横に振った。
「カレル」
そのカレルの言葉に、悲しげな顔を見せたラウドが、カレルの矢傷に手を伸ばす。ラウドが発するレベル1の治癒魔法が、傷の痛みを僅かに消した。そして。
「一匹狼は意外に弱いんだよ、カレル」
昼間、岩山の上で聞いたラウドの言葉が、カレルの耳に再び響く。
「カレル、私は、……君がいたから、ここまで頑張ることができたんだよ」
その言葉に、はっとしてラウドを見る。カレルを見て笑ったラウドは、カレルの右腕を持ち上げてカレルを立たせた。
「歩ける?」
ラウドのレベル1の治癒魔法が効いているのか、痛みは鈍くなっている。足を引きずるようにしか歩けないが、逃げることは、ラウドと一緒に行くことは、……できる。
「はい」
「じゃあ、……一緒に行こう」
カレルを支えたラウドに、カレルはこくんと、頷いた。
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