一匹狼は意外に 3

 規則的に響く、水滴の落ちる音が、カレルの神経を逆撫でる。


〈落ち着け〉


 自分を叱咤するように、カレルは、まだ動く左足を動かした。


 何も見えない、湿った空間。古き国の王城地下にある牢に、カレルはいる。湿った石床に尻餅をついた状態で、左右に伸ばされた両腕は石造りの壁に留められた手枷で固定されている。矢傷を受けた右足は、床の冷たさにほっとしてしまうほど、熱い。しかし、身体中を這い回る痛みと湿っぽさは、今のカレルにとっては懸念事項の最下位。一番の、心配は。


「ラウド、様……」


 静寂の空間に、小さく息を吐く。静寂に満ちた白と黒の森で捕らえられ、古き国の王城地下のこの牢に放り込まれたカレルとラウドだったが、すぐに、ラウドだけ、別の騎士が牢の外に連れ去った。おそらく、新しき国の戦力や政略について、ラウドに吐かせる気なのだろう。そう考え、カレルは自分の無力さに息を吐いた。自軍の不利になることを、ラウドが話すとは到底思えない。と、すると、行き着く先は。連れ去られる時の、ラウドの蒼白な顔が脳裏を過ぎり、カレルは再び、自分の無力さに呻いた。


 と。


 俯くカレルの横側が、不意に明るくなる。


「ラウド様!」


 突き飛ばされるように牢の石床に倒れ込んだ小柄な影に、カレルは思わず叫んだ。


 裸にされたラウドの背中一面に、無惨な線が刻まれているのが見える。骨が見えるのではないかと思われるほど深く抉られたその傷から溢れ出す血が床を濡らす様を、カレルは呆然と見つめていた。


「殺しちゃいないさ」


 そのカレルの耳に、あくまで残酷な声が響く。


「殺したら、人質交換にはならないからな」


 こいつの上着と剣を獅子王に届けたから、後は向こうがどう出るか。あくまで冷静な声に、全身が震える。そして。


「全く、強情な王子だこと」


 次に響いた、女性だと分かる声に、カレルははっと顔を上げた。


「これだけ鞭打って、何もしゃべらないとは」


 そのカレルの視界に入ってきたのは、赤いローブをまとった、悠然とした細身の影。


「女王陛下」


 その影を見た、ラウドを突き飛ばした騎士が、恭しく道を開ける。これが、古き国の女王。ラウドを苦しめている張本人。震えを感じながら、カレルは、自分の方へ近付いてくる女王をきっと睨んだ。


「そなたは、この王子の腹心だな」


 そのカレルの視線を総無視し、女王はカレルに艶やな笑みを向ける。その笑みにカレルの震えが酷くなる前に、女王はカレルの額にその細い人差し指を向けた。


「これで、良いだろう」


 暗い笑みを浮かべた女王が、静かにカレルから離れる。そのまま、カレルもラウドも見ることなく、女王は牢を出た。


 後に残ったのは、静寂。


「ラウド様!」


 呻き声も上げず、ただ静かに冷たい床に俯せに倒れたままのラウドに向かって叫ぶ。壁に両腕が固定されているから、ラウドの様子を確かめることは不可能。叫ぶことしか、できない。忸怩たる思いが、カレルの胸を責めた。


 どのくらい、叫んでいただろうか。

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