初陣の後 2

「何故いつも無茶ばかりするのですか!」


 何時に無い、レギのきつい言葉に、思わず首を縮める。疲れているのか、それともカレルと同じことを感じているのか、狭い天幕に設えられた小さなベッドに横たわるラウドはレギから顔を逸らし、半分ほど目を閉じて荒い息を吐いていた。


「勝てたからいいようなものを!」


 そう言いながら、小荷駄部隊とともに行動していた薬師レギはてきぱきと、ラウドの左腕に包帯を巻く。確かに、ラウドが立てた奇襲計画は成功し、獅子王レーヴェの本陣には傷一つ付かなかった。黎明騎士団側の戦死者もいない。一番の重傷を負っているのが騎士団長であるラウドだというところが、ラウドらしいといえばラウドらしいところではある。敵方の大将、熊騎士団の団長はラウドが屠った。奇襲隊の先頭にいた熊騎士団副団長はリュングが馬から落として生け捕りにしている。完勝といえば完勝に近い。それでも。レギの言う通り、やはり、無謀だったかもしれない。傷が痛むのか大きく身を捩らせたラウドに、カレルは座っていた椅子から立ち上がった。


「ラウド様!」


 大丈夫ですか? カレルの言葉に、ラウドが首を横に振る。


「大丈夫、カレル」


 そして。


「済まない、レギ」


 ベッドに力無く横たわったまま、ラウドはレギに、頷くように頭を下げた。


「謝って欲しいわけではないのですよ、ラウド」


 そのラウドに、レギが微笑む。


「私はただ、あなたに無茶をしてほしくないだけ」


「はい」


 レギの言葉に、ラウドは素直に頷くと気怠そうに目を閉じた。


「熱が高いですね」


 そのラウドの、血の気が見えない額に触れながら、レギが息を吐く。


「呪いの影響も、ありますね」


 こんな時に。レギの言葉に怒りを覚える。『古き国』の女王が、獅子王レーヴェに向けて発している『呪い』を、ラウドはレーヴェの身代わりとして引き受けている。レーヴェの身代わりとなることにラウド自身が固執した結果とはいえ、やはり、ラウドが苦しんでいるのを見るのは辛い。今日の勝利に甘んじること無く、できるだけ早く、古き国を制せねば。決意とともに、カレルは独り、頷いた。


「ラウドの治療は終わったか、レギ?」


 天幕の帳が跳ね上がると同時に、リュングのうねった黒髪が現れる。


「他の奴らと、……できれば捕虜の奴らも治療してやってほしいんだが」


「お願いします、レギ」


 眠ったと思っていたラウドの声に、レギは再び微笑んだ。


「勿論ですよ、ラウド」


 当分、無茶はしないでくださいね。そう、念を押してから、レギは治療道具を手早く手元の鞄に入れる。


「大丈夫か、ラウド?」


 その間に、リュングはラウドの枕元につかつかと歩み寄った。


「はい」


「本当か?」


 こくんと頷くラウドに、リュングの口の端が上がる。


「顔色が悪いぞ」


 そしてカレルが予想もしていなかった言葉を、リュングは口にした。


「レーヴェが見舞いに来てくれなくて、淋しいのか」


「そんな、ことは……」


 リュングの指摘は図星だったらしい。明らかに戸惑った顔で、ラウドは首を横に振る。


「陛下も、お忙しいですし」


「の、ようだな」


 そのラウドに、リュングはもう一度口の端を上げた。


「陛下は、ラウドの行動に不快感を覚えてはいませんよ」


 リュングの言葉を補足するように、片付けを終えたレギがにこりと微笑む。


「勝手に無謀なことをした件については、怒っているかもしれませんが」


「はい……」


「ま、当分大人しくしておくんだな」


 レギの後から天幕を出かけたリュングも、悄気るラウドを見て口の端を上げた。


「騎士団の様子は、俺とミトとクライスで見ておくから」


「はい」


 リュングが大きく跳ね上げた天幕の帳の向こうは、既にとっぷりと暮れている。リュングとレギを見送ってから、カレルはラウドの方へ向き直った。カレルがラウドから目を離したのは、ほんの僅かの間。その間に、ラウドはぐったりとベッドに横たわり、深い眠りに落ちていた。

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