初陣の後 1
意外に距離が無い、眼下に見える赤と黒の大群に、戦慄を覚える。背中の震えを抑えながら振り向くと、敵方よりも明らかに少ない人数の味方が、見えた。夜明けの太陽を象った紋章が刺繍されている青色の袖無し上着を羽織っている他は、鎧も兜も、背丈もバラバラな彼らは、それでも、カレルの主君、『新しき国』の第二王子ラウドが率いる黎明騎士団の、精鋭達。
この人数で、ラウドは本当に奇襲を掛ける気なのだろうか。もう一度、岩陰の向こうを進む敵の、赤と黒の揃いの格好を見つめる。大陸北東側にある騎士団領の周辺で何度か、敵である『古き国』の騎士達と小競り合いをしているとはいえ、本格的なぶつかり合いは、ラウドもカレルも経験が無い。それなのに。先頃父である王の依頼により新しき国の共同統治王となったレーヴェの命に従う形で、持てる限りの戦力で古き国と対峙しているレーヴェに合流しようとした矢先に、そのレーヴェの本陣を背後から狙う古き国の騎士隊を見つけたラウドは、守り役である騎士クライスが率いる小荷駄部隊以外の全ての騎士達に集合を命じた。
総勢三十人に満たない、小さな騎士団。その騎士団で、倍以上の人数に対峙して、勝てるのか? 味方の騎士達をただ静かに見つめるラウドにらしくない危惧を覚え、カレルは慌てて首を横に振った。カレルにとって、ラウドは、命の恩人であると同時に生涯の忠誠を誓った主君。そのラウドを、信頼しなくてどうする。いや、ラウドの危険な行動を止めるのも、カレルの役目ではないのか? 奇襲の準備の為だろう、長く伸び始めた赤と黒の騎士達の一隊を見やり、カレルは深く息を吐いた。奇襲隊の先頭に立っているのが戦闘を司る古き国の『熊』騎士団の副団長、そして後方を走っているのが熊騎士団の団長。どちらも古き国では勇猛果敢な騎士として知られている。彼らの部下である、奇襲隊内の騎士達も、戦闘に慣れている者ばかりだろう。この奇襲隊を見つけた時の、ラウドの剣術の師匠であり、元々は古き国の騎士であったリュングの説明を思い出し、カレルの背中は震えに震えていた。
「獅子王の本陣に敵襲を伝えるべきでは?」
カレルと同じ危惧を感じているのであろう、きちんとした板金鎧に身を包んだリュングが、敵方の騎士達が向かっている先を見て懸念の声を出す。確かに、カレル達が居るこの場所からも、レーヴェの本陣が微かに見える。今から早馬を出せば、対処はできる。だが。
「伝えたら、余計な混乱を引き起こすだけだ」
リュングの言葉に、ラウドは静かに首を横に振った。
「しかし。これだけの人数では」
「大丈夫」
リュングの言葉を途中で遮り、ラウドはにこりと笑った。
「まだ、我々の存在には、気付かれていない」
そして敵方を見やり、てきぱきと指示を出す。
「リュング師匠の隊は、前方の副団長を。我々で、後方の団長を倒す。味方から切り離して集団で襲いかかれば、どんなに強力な騎士でも太刀打ちできない」
「ま、確かに」
ラウドの言葉に、兜の面頬を着けかけたリュングの口の端が上がるのが、見えた。
「弓と魔法隊は、援護を」
「分かりました」
ラウドの声に応えた女騎士ミトが、ラウドの横に馬をつける。
「では」
ラウドはおもむろに腰の剣を抜くと、レーヴェの本陣に向かって勢いをつけ始めた古き国の騎士達の方へその切っ先を向けた。
「行くぞっ!」
自身の声と同時に、馬腹を蹴ったラウドが岩陰を飛び出す。また、無茶を! 一拍遅れたカレルが馬腹を蹴って飛び出す前に、ラウドと同時に飛び出したミトとリュングが敵部隊の横腹をそれぞれの得物で鋭く薙ぐのが、見えた。リュングと分かれたミトが、混乱する敵方を薙いで後方に居る大柄な、兜に羽を飾った騎士へと向かう道を作る。その道を勢いをつけて走り抜け、大柄な騎士が振り下ろす剣をその小柄な身体を利用して素早く避けるラウドに、カレルはやっとのことで追い付いた。
「ラウド様!」
熊騎士団の団長を助けようと周囲に群がる騎士達を何とか追い払いながら、全身でラウドと敵方の騎士の戦いを確かめる。飛んで来た矢が兜の隙間に刺さり、呻く騎士の隙を見逃さず、ラウドは左から現れて腕を傷付ける槍を無視して羽根飾りの付いた兜と鎧の隙間に剣を叩き込んだ。
首が離れてもまだ馬上に残る胴体から鮮血が吹き出す。その血を避ける為に身を縮めながら、カレルはよろめいたラウドを馬ごと支え、ラウドの馬の手綱を引き、混乱する戦場からラウドを引き剥がした。
「大丈夫ですか?」
剣を取り落とし、血が流れる左腕を右手で押さえて呻くラウドを、何とか支える。
「か、勝てた……?」
「はい」
カレルとラウドが先程まで奮戦していた場所には、砂埃と青色しか見えない。カレルに凭れ、荒く息を吐くラウドに、カレルはしっかりと頷いた。
「弓隊、褒めなきゃ」
「そうですね」
もう一度、落ち着きを見せ始めた戦場と、傷の痛みに顔を顰めるラウドの身体の温かさを確かめてから、カレルはしっかりと、頷いた。
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