その少女は 2
それから毎日、朝と夕方、少女が食事を持ってくる度に、リュングは棒で少女を攻撃した。もちろん、リュングに敵意は無い。あるのは、少女の俊敏さに対する好奇心。一度リュングが放った攻撃は、次の食事の時にはきちんと躱される。正式に鍛練を積めば、少女は誰よりも強い騎士になるだろう。それが、リュングの予測。しかしながら。……敵である少女に武術を教えて何になる? 時折、虚しさがリュングを襲う。いや、素質がある者に、自分が知る武術の全てを教え込む醍醐味は、武術の名手のみが知る甘露。自己満足でも良い、少女の成長を見たい。それが、古き国でも一、二を争うほどの武術の名手であったと自負しているリュングの、正直な心。
この少女に、もっと色々なことを教えてみたい。日が経つにつれて、少女がリュングの攻撃を悉く躱す様を見る度に、リュングの願いは大きくなる。剣術も、槍術も、素手で戦う術も、馬上で戦う術も。だが、リュングの持つ技を全て教える為には、リュング自身がこの囚われている部屋から外に出る必要がある。それは、今の、見捨てられたとはいえ古き国の騎士であるという身分では、無理な相談。この黎明騎士団の長に訴えれば良いのだろうが、その長を名乗る者は、ここに閉じ込められて以来一度も顔を見ていない。噂によると、黎明騎士団の騎士団長は、新しき国のまだ幼い王子であるという。その噂を確かめる為に、リュングはこの場所に派遣されたわけだが。自身の置かれている状況に、リュングは嘲笑を隠せなかった。
そんなことを考えている間に、夕食の刻限が来たらしい、いつものように、夕餉の盆を持った少女がリュングの前に現れる。たとえ質素でも夕食にありつけないのはしゃくなので、普段は少女がベッド側の棚の上に盆を置いた後で攻撃を仕掛けるのだが、それでは、不意打ちの訓練にならない。ふとそう考えたリュングは、少女が盆を棚の上に置く前に、少女がリュングの横に立った時を狙って、手の中の得物を少女に向かって繰り出した。
「……え」
僅かに声を立て、少女はリュングの攻撃を躱す。盆の上の食事は一切、零れていない。中々。リュングは思わずにこりと笑った。
次の瞬間。胸を押さえ、頽れた少女に、一瞬呆然とする。
「おいっ!」
それでも何とか、少女が床に膝を着く前に、リュングは少女の身体を支えた。
〈……え?〉
腕に触れる少女の胸に違和感を覚え、再び一瞬だけ思考が止まる。この、胸は。普通の少女の胸は、もっと柔らかいはず。まさか。思考が、飛躍する。この、『少女』は、まさか。
「ラウド様!」
食器の落ちる音が聞こえたのだろう、少女よりは大柄な黒髪の少年が、リュングの部屋に飛び込んでくる。その少年が発した名前が、リュングの予想を裏付けた。間違いない、少女だと思っていたこの子供が、黎明騎士団の長、新しき国の第二王子。
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