様々な感情を 12
セナの先導で、クライスがラウドを部屋に運ぶ。
しばらくは呆然と部屋の天井を見ているだけだったラウドだが、セナが持ってきた気付けの薬湯が効いたのか、日が傾きかけた頃にゆっくりとベッドから身を起こした。
「大丈夫ですか、ラウド様?」
それでも、ベッドの上でふらついたラウドの上半身を、倒れるぎりぎりのところで支える。
「大丈夫」
そのカレルに向かって、ラウドは血の気が戻っていない唇を綻ばせた。
「セナが、味方になってくれた」
小さな声が、カレルの耳を震わせる。
「ここに、騎士団を作れば、古き国を打ち倒す力ができる」
希望に満ちたラウドの言葉に、カレルが感じたのは、悲しみ。レーヴェに降りかかっている呪いを、代わりに引き受けることを望む、ラウドの想いを止めることは、カレルにはできない。ラウドを止める力が、カレルには無い。そのことが、カレル自身の心を酷く傷付けていることに、カレルはようやく、気付いた。それでも。その痛みを、心の奥底にしっかりと隠す。ラウドが望むのなら、カレルは従うまで。だから。
「セナを、呼んできて、カレル」
決意が滲むラウドの声に、カレルは口を閉ざして頷いた。
星明かりが、短く刈られた草地に描かれた複雑な文様を暗く照らす。草地の外から、カレルは文様の真ん中にいるセナとラウドを見つめていた。
「やはり、ラウドの我が儘が通ってしまいましたか」
カレルの横で溜息をつくのは、王都から戻ってきたばかりのレギ。
「坊ちゃまの一途さと無謀さは、やはり母上であるルチア様に似たのでしょうな」
そのレギの横で肩を竦めるクライスの、どこか寂しげな横顔に視線を走らせてから、カレルはラウドの方へ視線を戻した。
「王太子殿下には、レーヴェには、身代わりのこと、黙ってて」
術の為に文様を描くセナの横でラウドと交わした約束を、思い出す。これで、良いのだろうか? いや、ラウドが良いと思うのなら。しかし。迷いを振り切るように、カレルは強く首を横に振った。
「本当に、術を施して良いのですね」
確認するセナの声に、ラウドがはっきりと頷くのが見える。そのラウドを確認するなり、セナはラウドの左手を文様の真ん中に置かれたテーブルの上に置かせ、その左手の甲の上に、レーヴェがラウドに与えた真珠貝の欠片を置いた。セナが唱える、禍々しさを含んだ呪文が、夜空を微かに揺らす。次の瞬間、地面の文様が光ると同時に、セナはテーブルに置かれたラウドの左手に儀式用の短剣を振り下ろした。
「ラウド様!」
右手で左手を押さえ、呻いて地面に倒れたラウドの方へ、最速で駆け寄る。カレルが抱き起こしたラウドの顔は血の気を失っていたが、それでも、唇は微笑みを浮かべていた。
「これで、兄上は、苦しまなくて良いんだね」
小さく呟かれた、ラウドの言葉が、カレルの心を更に傷つける。悲しさをラウドに悟られぬ為に、カレルはラウドをぎゅっと、抱き締めた。
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