様々な感情を 11

 翌朝。イルから借り受けた騎士達とミトを伴い、セナの砦へと戻る。


「やっと、戻って来ましたね」


 カレル達を待っていたのは、吊り上がった瞳を隠そうともしないイルだった。


「一昨日のことは、忘れてあげましょう」


 ラウドとカレルが荷馬車から降りる前に、あくまで傲岸なイルの声が、響く。


「王になること、考え直してはいただけませんか」


「イル! 貴様っ!」


 ラウドが口を開く前に、クライスの罵声が辺りを震わせた。


「これ以上陛下や王太子殿下を侮辱すると……」


「クライス、止めて」


 顔を真っ赤にしてイルを睨むクライスを、ラウドの静かな声が制する。荷馬車を降りたラウドは、表情を変えることなくイルのすぐ前に立った。


「私は、あなたに従う気はありません」


 あくまで冷静に、ラウドが言葉を紡ぐ。


「主君たる王と、未来の主君である王太子殿下を侮辱するような方の言葉には、従いません」


「そう、ですか」


 下を向いてラウドを睨みつけたイルの腕が、ついと腰に伸びる。


「ならば、あなたではなく、あなたの妹君に婿を迎えて王になってもらいましょう!」


 その言葉とともに、イルは目にも留まらぬ早さで腰から抜いた剣をラウドに向かって振り下ろした。


「ラウド様!」


 カレルが叫ぶより早く、ラウドはイルの剣を持ち前の反射神経で腰の剣を抜きながら躱す。そして、次の瞬間。体勢を崩し、よろけるようにラウドの目の前に現れた無防備なイルの項に、ラウドは自身の剣を冷静に振り下ろした。


「なっ……」


 地面を濡らす鮮血の色に、身体が動かなくなる。


「坊ちゃま!」


 呆然としたままのカレルの瞳に映ったのは、鮮血の中に尻餅をついたラウドを、馬から滑り降りたクライスが支える姿。


「しっかりなさってください!」


 血に濡れた剣を取り落とし、虚ろな瞳でクライスを見上げるラウドを見つめることしかできない。カレルの方を向いたラウドの、何も映っていない灰色の瞳に、カレルは唇を震わせた。


「部屋に運びましょう」


 イルとラウドのやりとりを冷徹な瞳で見つめていたセナが、クライスの腕に凭れ掛かる茫然自失のままのラウドの側に立つ。そして。セナは血を吸った地面に膝をつくと、未だに虚ろな瞳のラウドに頭を下げた。


「弟の傍若無人ぶりをお許しください、殿下」


 これまで一切使われなかった敬称が、セナの口から呟かれる。


「これからは、私も、この大地とともにあなたに従います」


 思いがけないセナの言葉に、カレルは呆然と、ラウドとセナを交互に見つめた。

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