様々な感情を 3

 耳をそばだてたまま、暗い空間に息を吐く。


 カレルが凭れている壁の向こうが、ラウドの小さな部屋。その部屋で、レーヴェに胸を刺されたラウドは生死の境を彷徨っている。薬師の中でも腕利きであるレギがラウドの側についているから、大丈夫。そう思っても、心が落ち着かないのは、今のカレルには何もできないことが、悔しいから。


 と。


「にいさま、大丈夫よね」


 小さな声が、カレルの足下で響く。俯くと、ラウドを小さくしたようなまだ幼い少女が、カレルの足を掴んでいた。ラウドの妹、リディアだ。ラウドの母、副妃ルチアもラウドの側についているから、緩くなった大人の監視をすり抜けてここにやってきたのだろう。


「大丈夫ですよ、リディア様」


 カレル自身に言い聞かせるように、そう呟きながら、リディアの、ラウドと同じ髪を撫でる。大丈夫、きっと、大丈夫。何度も何度も、カレルは自分自身にそう、呟いた。


 その時。カレルの横の扉が、ぱっと開く。明るさに目を瞬かせたカレルの前に、青白い顔のレギが現れた。


「レギ!」


 カレルを認めたレギが、静かに微笑む。


「ラウドは、大丈夫ですよ、カレル」


 多量に血を失っているので、回復には時間が掛かるでしょうが。レギの言葉に、カレルはほっと胸を撫で下ろした。


「にいさま!」


 そのレギをすり抜けて、リディアがラウドの部屋に入り込む。


「静かにしないとだめですよ、リディア」


 ラウドとリディアの母であるルチアの、平静な声も、カレルを安堵させるに十分だった。


「カレルも、いらっしゃい」


 そのカレルの耳に、優しいルチアの声が響く。レギの後ろから、カレルは音を立てないように注意しながらラウドの部屋に滑り込んだ。


 蝋燭の光が、ベッドに横たわるラウドの頬の蒼さを強調する。右腕と胸に巻かれた包帯の白さに、カレルは思わずラウドから顔を背けた。


「にいさま」


 そのラウドの、包帯の巻かれていない左腕に、リディアがその小さい手で触れる。その手に反応するかのように、ラウドは顔を顰め、そしてゆっくりと瞼を上げた。


「リディア」


 消え入りそうな声に、目頭が熱くなる。それでも何とかラウドの方へ視線を戻したカレルに、ラウドは小さく微笑んだ。


「カレル、怪我は?」


 そのラウドが発した、思いがけない言葉に、はっとしてラウドを見つめる。こんな時でも、ラウドは自分のことを心配してくれる。そのラウドの心が、嬉しく、そしてどこか悲しく感じる。だから。


「わ、私は、大丈夫です」


 何とかそれだけ、口にする。カレルの言葉にほっとしたように目を閉じたラウドの、力を無くした左手を、カレルはそっと、握った。

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