様々な感情を 1
新しき国の政務を司る、王宮内『表』の、中庭を囲む回廊の北側で、人目を気にしつつ歩くラウドを捕まえる。
「……カレル」
腕を掴まれたラウドは一瞬だけその灰色の瞳を大きくさせ、しかしすぐに口の端を上げた。
「何をしているのですか、ラウド様」
そのラウドに、強い口調で尋ねる。しかし尋ねずとも、ラウドの思考は手に取るように分かっていた。
新しき国を統治する獅子王に命じられるまま、カレルが獅子王の息子である第二王子ラウドの従者になってから四年の月日が経っている。四年あれば、新たな主君であるラウドの性格も思考も完全に把握することができる。武術も勉学も人並み以上ではあるが、母である副妃ルチアの冷徹さそのままに、物静かで目立たない、存在。そして、異母兄である傲慢な王太子レーヴェを、静かに尊敬している。
実際に。
「王太子殿下に、何か元気が出る薬湯をお持ちしようと、思って」
ラウドとカレルが立っている回廊すぐ側にある、王族や貴族・騎士達の怪我や病気を治療する『薬師』達が使っている部屋を指差し、ラウドが息を吐く。おそらく、先程垣間見た、初陣の激しい戦いから王宮に帰還した王太子レーヴェの、何時になく青白く疲れた顔を見ての行動だろう。しかし勝手に薬師達の部屋に入ることは禁止されている。うずうずと、薬師達の部屋とカレルを交互に見るラウドに、カレルは大仰に息を吐いた。
ラウドは、人前では決して、異母兄であるレーヴェを『兄』とは呼ばない。レーヴェの方も、小さなラウドを取るに足らない存在だと思っているのであろう、王宮ですれ違っても二人は殆ど言葉を交わすことはない。時折、レーヴェがラウドにチェスを教えているところを見かけることはあるが、それでも、カレルの目には傲慢にしか見えない兄を、ラウドは何故そこまで慕うことができるのだろうか。カレルには全く理解できない。
とにかく、今は、ラウドの無茶を止めなければ。普段冷静な分、ラウドは時に突拍子もないことをやらかして、カレルや守り役である老騎士クライスを驚かせる。その『突拍子もないこと』を行う理由が、自分以外の人物を助けたいという気持ちから出ていることは、従者であるカレルには痛いほど分かっているのだが、それでも、……ラウドに、無茶はしてほしくない。だから。
「だめですよ、ラウド様」
薬師達の部屋の方に行きかけたラウドの腕を、強く引く。
「大丈夫だよ」
そのカレルに、ラウドはにこりと笑って言った。
「薬師達、今誰もいないし」
「誰もいないとしても、入ることは禁止したはずですよ、ラウド」
突然響いた、静かな声に、ラウドと二人で顔を上げる。いつの間にか、二人のすぐ側に、カレルとラウドに読み書きと計算を教えてくれる薬師レギが、整った目尻を吊り上げて立っていた。
「でも」
俯いて、それでも必死に言葉を紡ごうとするラウドを、レギが鋭く睨む。そして、不意に変わった、優しい声で、レギはラウドを諭した。
「薬は、扱い方を間違えると毒になります。……大切な人に、命を奪う毒を飲ませたいのですか、ラウド」
「いいえ」
レギの言葉に、ラウドは首を横に振る。
「宜しい」
しばらく、ここに立って反省しなさい。あくまで静かなレギの言葉に、ラウドはこくんと頷いた。
薬師達の部屋を背にして回廊に立つラウドの横に、カレルもそっと、立つ。
「カレル……」
呆れたようなラウドの言葉に、カレルは首を横に振った。
「良いのです」
こくんと頭を下げるラウドから視線を外し、傾く春の陽に照らされた中庭が少しずつ暗くなっていくのを見つめる。
「まだ、反省していたのですか」
呆れたように笑うレギの声が聞こえてきたのは、中庭が殆ど夕日の色に染まった頃だった。
「これを、王太子殿下に持って行きなさい、ラウド」
ずっと立っていた所為で痺れた足を動かすカレルに、レギが小さな真鍮缶を差し出す。
「これは、レギ?」
「疲労回復の薬湯です」
レギの言葉に、目を大きくしてレギを見たラウドの表情を好ましく覚え、カレルはにこりと微笑んで、レギから真鍮缶を受け取った。
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