小さな背中と 4

「うむ、中々だな」


 ラウドを心配するカレルの耳に、感心を乗せたレーヴェの声が響く。


「ルールを覚えれば、何とかなるだろう」


「あ、ありがとう、ございます。王太子殿下」


「あ、に、う、え」


 頭を下げたラウドに、レーヴェは口の端を歪めた。


「あ、……兄、上」


「よし」


 俯いて小さく、レーヴェを兄と呼んだラウドの髪を、レーヴェが乱暴に撫でる。


「ついてこい」


 良い物を、見せてやる。そう言って、レーヴェは乱暴にラウドの華奢な腕を掴むと、従者達の詰所からラウドを連れ出した。その二人の後をカレルも追いかける。三人が辿り着いた、レーヴェの部屋は、先程少しだけ見たラウドの部屋よりもずっと広かった。


「これは何か、知っているか?」


 その部屋の奥にある棚の上の宝石箱から、レーヴェは小さな布包みを取り出しラウドに見せる。布包みの中にあったのは、傷一つ見えない真球。白くぬめるような表面が、レーヴェの微かな手の震えに反応してゆっくりとその虹色を変えていく様を、カレルはラウドの横で驚きを覚えつつ、見つめた。


「真珠だ」


 ここよりももっと温かい海に棲む貝が作る宝石。レーヴェが告げた言葉に、ラウドとともに目を丸くする。このように美しいものが、この世界にあるのか。カレルは思わずほうと息を吐いた。


「叔父上に、もらった」


 そのカレルの耳に、何時になく沈んだレーヴェの声が響く。そして、気を取り直すように、レーヴェは再びラウドの髪を撫でた。


「叔父上は、ラウド、おまえと同じ名前を持っていた」


 ラウドとレーヴェの父、獅子王が統治する新しき国を狙う『古き国』と呼ばれる隣の敵国に対応する為に、獅子王は多忙を強いられていた。その獅子王の留守を守る叔父を見て、幼いレーヴェは育ったのだという。武術の基本も、チェスも、叔父に教わった。真珠は、レーヴェが初めてチェスで叔父に勝った時に、叔父からもらったものだという。しかし、ラウドが生まれる前に、叔父は病に斃れた。冒険好きな叔父は、王族としての束縛を嫌い、一度だけ国を出奔して各地を放浪したという。その時に、こっそりと船に乗り、この大陸より南にある温暖な諸島まで旅をしたという話を聞いたと、レーヴェはラウドに話した。現在レーヴェの手元にある真珠は、その航海で得た物であるとも。


「この大陸の他に、国があるのですか?」


「国だけなら、北の山脈を越えたところにも豊かな国がある。その国の北にも、西側にも、この大陸よりも豊かで平和な国土が広がっていると、叔父は言っていた」


「本当? 行ってみたい」


 ラウドの言葉に、レーヴェは大きく笑った。そしておもむろに、真珠を取り出した宝石箱からもう一つ、今度は平たい布包みを取り出してラウドに差し出す。


「これをやる」


 包みの中身は、片面だけ真珠と同じ輝きを持つ、小さな欠片。真珠を生成する貝の欠片だと、レーヴェはラウドに教えた。


「良いのですか?」


 戸惑うままに手の中の包みとレーヴェを交互に見つめるラウドに、レーヴェが今度は大きく笑う。


「良いさ。……これも、叔父からもらったものだ」


 そして。レーヴェの声が、不意に真剣さを帯びる。


「新しき国も、早く戦乱を終わらせて、皆が安穏に暮らせる豊かな国にしなければ」


 その為に、ラウドとレーヴェの父である獅子王は戦っている。レーヴェの言葉に、ラウドは大きく頷いた。


 そして。


「俺は、俺の代で、古き国との戦いを終わらせる」


 そう言って、レーヴェがラウドの肩を強く掴む。


「手伝ってくれ、ラウド」


「はい」


 レーヴェの言葉にはっきりと頷いたラウドに何故か胸騒ぎを覚え、カレルは心の中で首を横に振った。

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