一章 再会(2)

    ◇ ◇ ◇


 やってきた店長に事情を説明し、今度は警察を呼び出しての話となる。

 もうじき午後10時になるということで、詳しい話はまた後日ということになった。

 ついでに言っておくと、オレが自殺するために山へ来たのは伏せている。

 しかし防犯カメラの映像には、包丁を突きつけられたオレが堂々と振る舞っている場面が映し出されており、そのことについて警察や店長に突っ込まれてしまった。

 最初は全部説明しようかと考えたが、絶対に面倒なことになると判断し『あのオッサン。ビビってたんでハッタリかましたんすよ〜』と言っておいた。

 懐疑的な大人たちだったが、最後にはオレの言葉を信用することになる。

 もっとも『こんな危険なことをするな!』と本気で怒られてしまったが。

「すごいね、黒峰くん」

「え?」

 いきなり褒められたんですけど。不思議に思い、隣に居る星宮の顔に視線をやった。

 ……泣き崩れた後の情けない顔をしている。

 今、オレたちが居るのはコンビニの駐車場の片隅。自転車が置かれている狭いエリアだ。

 山中特有のひんやりとした風が肌をでていく。周囲は真っ暗。コンビニ内から放たれるまぶしい光が、星宮の横顔を照らし出し陰影を作っていた。

「あのコンビニ強盗が怖がっているのを見抜いて、即興で自殺志願者を演じたんでしょ? 度胸すごいよね。頭も良いし」

 純粋な瞳を輝かせた星宮が尊敬のまなしを向けてきた。

 あー、大人たちと同じく星宮もだまされていたのか。

 ギャルのくせに綺麗な心をしているな。いや、今はモッサリメガネちゃんか。

「大人たちに言ったのは全部ウソだ。オレは本当に自殺するつもりだったんだよ」

「……え?」

「コンビニ強盗にも言ったけど、交通事故で家族が死んだのも事実だし、おさなじみに振られたのも事実だ。それで自殺しに来たんだよ」

 あれは中二の頃だったか。両親と妹とオレの四人で街中を歩いてる時のことだった。

 くつひもが解けたオレは立ち止まり、オレを置いて先に歩いた両親と妹に向かって──車が突っ込んだのだ。あれは一生忘れることのできない光景だろう。

 まとめて人が吹き飛ぶ光景なんて、そう見られるものじゃない。見たくもない。

「そういうわけだ。じゃあな星宮」

 オレは自転車にまたがり、ぎ出そうとして──グイッと腕をつかまれた。

 なんだと思い星宮の顔を見る。ハッとさせられた。

 星宮彩奈は────泣いていた。

 とめどなく涙を流し、ぐすぐすと声を上げて泣いていた。

「ほし……みや?」

「すごく……すごくつらかったよね……。家族を亡くして……好きな人に振られちゃうなんて……ぐすっ」

「え?」

「きっと私なら……耐えられなかったと思う。だってね……もう、想像しただけで……ぐすっ……ぅぅっ……!」

 恥も外聞もなく星宮は幼子のように泣いている。言葉すらまともに発せていない。

「すごいね黒峰くん……本当に、頑張って……生きてきたんだね……っ」

「────っ」

 慰めとかではない。本気で言っている。星宮は本気でオレにおもいをぶつけている。

 そのぼうの涙が何よりの証拠。

「ご、ごめんね、私は……平和な人生だったから……黒峰くんの辛い思いを……想像することしかできないけど……やっぱり、死んでほしくないよぉ……ぐすっ」

 オレの腕を握る星宮の手に、ギュッと力が込められたのがわかった。

「星宮、とりあえず離して」

「わ、私のわがままだってわかってる……でもね、黒峰くん……生きて、ください……ぐすっ……」

 なんだろうな。不思議な気分だ。

 クラスでは明るく優しいギャルが地味な女の子の姿になって、泣きながらオレを心配してくれている。胸の奥にポッと温かく小さな火がともったような感覚だ。

「黒峰くん……ひぐっ……ぐすっ」

「はぁ……わかったよ。死なない」

「ほ、ほんとに?」

「本当だとも」

 不安げな面持ちの星宮が確認してきたので、深く頷いてやる。

 これでオレが自殺したら星宮は計り知れないほどのショックを受けるだろうな。

 ぶっちゃけ他人がどうなろうが気にしないつもりで山に来たけど、星宮の泣き顔を見ていると気が変わってしまった。……頰が涙でベトベトになって凄いことになってるし。

「星宮って、意外と泣き虫なんだな。強盗のときも泣きじゃくっていたし」

「な、泣くに決まってんじゃん! 本当に怖かったんだからぁ!」

 またもやグスグスと涙を流す星宮。これはオレが悪い。

 強盗に包丁を向けられたら怖いのは当然だ。

 しかも星宮は女の子で、一人きりだった。こりゃトラウマレベルだな。

「まぁ、その……星宮になくて良かったよ」

「ありがとう……ぐすっ……」

 鼻を鳴らし、ようやくオレの腕から手を離す星宮。

 思えば……幼馴染以外の異性から触れられたのは、生まれて初めてだ。

「星宮の家はこの近くなのか?」

「うん。ここから自転車で十五分くらいかな」

「学校から遠くないか?」

「遠いよ。でも私、電車で通っているからそんなに気にならないかなぁ。黒峰くんの家もこの近くなの?」

「いや全然。チャリで三時間かけて来ました」

「え、えぇええええ!? どうして!?」

「自殺しに来たからさ!」

「もう! 胸を張って言うことじゃないよ! あ……うぅ……ぐすっ」

 再び感情が込み上げてきたらしく、目からポロポロと涙があふれ始めた。

 いやほんとごめん。しゃにならないよな。

 いっそ土下座して謝ろうか。もしくは切腹……逆効果ですね、はい。

 ……にしてもほんとよく泣いているな。

 クラスでの星宮は明るく優しいギャルで、泣くイメージは全くなかったのに。

「大丈夫だ星宮。絶対に自殺しないから」

「ほんとに?」

「あぁ。約束する」

 星宮の目を見つめ、真面目に言ってみせる。

 これで納得したらしく、星宮はホッと安心したように息を漏らした。

「今から三時間かけて帰るのは大変だよね……。黒峰くんは誰かと住んでるの? その人に迎えに来てもらえないかな」

「残念だが一人暮らしだ。ちなみにタクシーを呼べる金もない。残金は五円です」

「そっか……大変だね」

「そんなこともないぞ。こうして星宮と出会えた……つまりご縁があったわけだ。五円だけにっ」

「ふふ、面白いね黒峰くん」

 純粋な笑みをこぼす星宮。自分で言っておいて何だけど、今の面白かったか?

 全然上手うまくなかったし。むしろ『くそつまんねえよ』と罵倒された方が面白かった。

「黒峰くん。良かったらなんだけど……あたしの家に来る?」

「え?」

 思わぬ提案だった。間抜けな声が出てしまう。

「あたしも一人暮らしだから、何も気にすることはないよ」

 いや、あるだろー。気にすること、あるだろー。

 年頃の男女が一つ屋根の下で二人きりですよー。

 そんな考えを視線に込めて訴えてみるが、星宮は泣いてスッキリした後のすがすがしい顔をしていた。……なるほど、そういうことですか。オレを異性として見てないと。

 あー、幼馴染にも言われたなーコンチクショウ。闇落ち不可避。

 もしオレの手元に核爆弾のスイッチがあったら迷わず押す。

「……黒峰くん?」

「なんでもない。そうだな、今晩だけ泊めさせてくれ」

「うんっ。あ、でも部屋の片付けを先にさせてね」

「わかった。いくらでも片付けてくれ」

「そこまで汚くないよ、もうっ」

 頰を軽く膨らませた星宮が非難めいた視線を送ってくる。なんかわいい。

 自転車を漕ぎ出した星宮の後をこちらも自転車で追いかける。

 こうして自殺する予定だったオレは、なぜか星宮の家に泊まることになった。

 そして今になって気づく。もしオレが自殺していたら、幼馴染にとてつもない重荷を背負わせていたのではないかと。あらゆる意味で星宮に救われたのかもしれない。

「なあ星宮」

「ん、なに?」

 減速して星宮が振り返る。オレは少し照れながらもお礼を口にした。

「その、ありがとな」

「あはは、お礼なんていいよー。あたしの方こそありがとね。強盗から助けてくれて」

 それを言うなら星宮。君はオレの命を助けてくれたんだぞ。

 あの想いが込められた切実なる泣き顔を見たからこそ、オレは気が変わったのだから。

 ……思ったよりオレって、単純だな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る