第12話 まるで犬小屋のようですわね……

 二人の案内のもと、颯太はようやくアジトと呼ばれている小さな家に辿り着いた。

 立地は狭い裏路地の中で四方を大きな建物で囲まれており、日中も日が差さないような薄暗い場所である。

 その光景を見た颯太はバブル期に乱立したビルなどを思い出した。

 ただ、颯太は三十路なので知識として知っているだけで実際にはテレビやネットの中でしか見た事がない。


『まるで犬小屋のようですわね』


 颯太以上にとんでもないことを言い出したエレオノーラ。

 確かに彼女からすれば目の前にある小さな家は犬小屋なのかもしれないが出来れば口に出しては欲しくなかった。

 颯太は背後霊のエレオノーラに白い目を向けた。


「ここだよ。エリーお姉ちゃん」


 ハンナが指を差すのは、やはり颯太が思っていた通りの小さな家。

 お世辞にも立派とは言えないが、これから世話になる以上、失礼な事は言えない


「それじゃ、中に入ろう! 小さい家だけど住めないことはないから!」

「あ、はい!」


 ほんの少ししか経っていないがハンナとは大分打ち解けてきたようで、ヨハンよりも彼女に懐かれている。

 女性同士というのも相まってのことだろう。

 そんな仲睦まじい二人を見てヨハンは少し寂しそうにしていた。


「俺のほうが先に見つけたのに……」


 小さな声で不満を口にするも颯太の耳には届かない。

 しかし、エレオノーラにはしっかりと聞かれていた。


『クフフフ……! 可愛らしい駒が手に入りそうですわ~』


 嫉妬心を上手く焚きつければ従順なペットが手に入ると確信したエレオノーラは嫌らしい笑みを浮かべて颯太の後を追いかけていく。


 ハンナに手を引かれて家の中に入った颯太は思っていたよりもちゃんとした空間に驚いていた。

 てっきり、床には穴があいており、天井には蜘蛛の巣が張っているような、もっとこう汚らしいイメージを抱いていた。

 その分、綺麗な部屋を見て颯太は呆気にとられていた。


「どうですか? やっぱり、狭いですよね……」

「いやいや、そんなことないですよ。とても綺麗にしてビックリしてます」

「えへへ。他にも住んでる子達と一緒にお掃除してるんです。せめて、自分達が暮らしている家くらいは綺麗にしておきたいから」

「……とても立派なんですね」


 狙ったわけではないがハンナの言葉に感銘を受けて颯太は微笑んだ。

 中身は三十路のおっさんではあるが外見は悪役令嬢とはいえ、下町では滅多に見られることのない美女だ。

 その微笑みはハンナからすれば女神様のように見えたのである。


「綺麗……」

「どうしたんですか?」

「エリーお姉ちゃんってお姫様なの?」

「えッ!? ど、どうしてそう思ったんです?」

「だって、言葉遣いがとっても丁寧だし、それにすっごい綺麗だもん」


 当然、彼女のことを知らなければそういう勘違いをする。

 颯太は突然、お姫様と勘違いをされてアタフタとし、どう言えばいいのだろうかと困っていたらエレオノーラが助け舟を出した。


『こういう子にはあまり嘘をつかなくていいのです。実は訳あってお家から逃げてきたんです、と言えば納得してくれますわ』

「(ほ、ほんとに?)」

『実際、嘘は言ってないでしょう?』

「(まあ、そうだけど……)」

『ほら、早く説明なさいな』


 子供のほうが目ざとい場合はいくらでもある。

 現にハンナはヨハンよりも賢いことはすでに知っている。

 恐らくではあるが嘘をつけば見抜かれるだろう。

 それならば事実を言ってしまえば嘘だと露見することはない。

 実際、エレオノーラは聖女暗殺未遂で家を出ているのは真実なのだ。


「実は私、家から飛び出してきたんです……」

「あ、やっぱり、そうなんだ」

「でも、お姫様ではありませんよ。ただ、その貴族……ではあります」


 元、という字が頭につくがエレオノーラはれっきとした貴族である。

 薄々、そういう予感はしていたハンナはすぐに納得した。


「お貴族様だったんだね……。でも、エリーお姉ちゃんは私が知ってるお貴族様とは違うね。もっと、こう私は偉いんだぞって感じじゃないもん」

「ア、アハハ……」


 外見はハンナの知っているような見目麗しい女性貴族ではあるが中身は小市民である颯太だ。

 雰囲気が違うのも当然であろう。

 それをこの短時間、もしくは初見で見抜いていたハンナは侮れない。


「このことは秘密にしてくれますか?」


 颯太はハンナと同じ目線に腰を下げて唇に人差し指を立てた。

 秘密だよ、というジェスチャーを送られたハンナは嬉しそうに笑い、同じように人差し指を唇に立てる。


「うん! 秘密ね!」

「ありがとうね」


 その傍では完全に置いてけぼりのヨハン。

 聞き耳を立てているわけではないが傍で話しているので普通に会話内容を聞いていた。

 空気と化しているヨハンは孤独に耐えられそうになく涙目である。


『ちょっと、彼を忘れていますわよ』

「(あ……)」


 エレオノーラに指摘されてヨハンの存在を思い出した颯太は彼に顔を向けると、ハンナにやったように秘密にしてくださいとお願いをするのであった。


「ヨハン君も秘密にしてね」

「あ、う……」


 綺麗なお姉さんにそう言われれば従わざるを得ないがヨハンはしどろもどろになりながら顔を真っ赤にして反抗的な態度をとった。


「う、うるせえ! 俺達に迷惑掛けたら、すぐに追い出すからな!」


 これ以上、この場にいるのが恥ずかしくて辛くなったヨハンは「フン!」と鼻を鳴らしてどこかへと去っていく。

 その様子が微笑ましい颯太はクスリと笑い、ハンナのほうへ振り返った。


「大丈夫。多分、ヨハンはエリーお姉ちゃんがあんまりにも綺麗だから照れてるんだよ」

「そうなんですね。嫌われてるかと思いましたよ」

「ううん。ヨハンはきっと……」


 神妙そうに呟くハンナはこれ以上は自分の口からは教えられないと話題を切り替えた。


「そうだ。エリーお姉ちゃんのお部屋を用意しなきゃね!」

「私のお部屋ですか? 寝られるならどこでも――」

「ダメダメ! エリーお姉ちゃんは怪我人なんだから、ちゃんとした場所で寝ないと!」


 そう言ってハンナは颯太を強引に一番広い部屋へ案内した。

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