第10話 受けた恩はまた別の者に返せ

 会話という会話をしていないが見る限りではやんちゃな少年ヨハンがハンナの手綱を握っていることがわかる。

 エレオノーラは自身の美貌を熟知しており、大抵の男ならば簡単に騙せるであろうと確信していた。

 ヨハンは言動こそやんちゃな感じではあるが、年相応の少年である事は間違いない。

 そのことを踏まえて彼女は颯太に近寄り、ヨハンとハンナを味方に引き込む作戦を伝える。


『こちらを振り向かず、耳だけ向けなさい。これから言う事を実施してあの子達を味方にするのです』


 どうやって子供達を味方に引き込むのかと気になったがエレオノーラには作戦があるのだろうと颯太は小さく頷いた。


『顔を見せるようにシーツを脱いで、エリーと偽名を名乗りなさい。出来ればヨハンという少年に微笑むように』

「(え、え~……)」


 それほど難しくはない注文だが男の颯太からすれば、まだ毛も生えそろっていないような少年を騙すような真似をしたくはない。

 とはいえ、やらなければ自分達の未来もない。

 エレオノーラの容姿が整っているゆえに質の悪い行いだが、颯太は腹を括りシーツを捲るとぎこちない笑みを浮かべた。


「は、初めまして。私、エリーって言います」

「ッ!」


 頭に被せていたシーツを脱ぎ去り、顔を上げた颯太は言われた通りに笑顔は浮かべたがぎこちないものでエレオノーラからすれば不合格を叩きつけられただろう。

 しかし、それでもエレオノーラの容姿は他を圧倒するほどに美しく、颯太のぎこちない笑みでもヨハンを動揺させることは容易であった。


 見たこともないほどに美しい女性を目の前にしてヨハンは固まってしまい、先程の威勢はどこかへ消えている。

 今はただ、頬を上気させエレオノーラの美しさに顔を真っ赤にさせていた。


「あ、あの……」


 やはり、こうなってしまったかとある程度の予想をしていた颯太はヨハンに声を掛けるが彼は絶世の美女を前にたじろいでしまい、一歩後ろに退いた。


「ッ、ッ、ッ……!」

『フフフ、下町では滅多にお目に掛かれない美女を相手にしているのですから、その反応は至極当然! 流石私ですわね!』


 自画自賛をしているエレオノーラは颯太の傍で高笑いをしていた。

 彼女はこれこそが自分のポテンシャルであると仰け反るくらい笑い声をあげている。

 傍で彼女の笑い声を聞いていた颯太は目の前で顔を赤く染めているヨハンを憐れに思う。


「(可哀想に……。初恋にでもなったらどうしようか)」

『失礼なことを言わないでくださる? 私に初恋するなど当たり前のことでしてよ?』

「(とんでもない発言なんだが……あながち間違いでもないんだよな~。ガワだけは本当に凄いし)」

『容姿、才能、家柄、全てを私は持ち合わせていますわ!』

「(今は落ちぶれてるじゃねえか。まあ、容姿と才能が残っているから問題ないか……)」

『それよりも仕上げにかかりますわ!』


 動揺しているヨハンに畳み掛ける様にエレオノーラは最後の仕上げにかかる。

 颯太は彼女の指示に従って申し訳なさそうに眉を下げ、俯きながらその場を去ろうとゆっくり歩き始めた。


「ご、ごめんね。すぐにどこか行くから……」


 当然、足を怪我しているので表情が痛みに歪んでしまう。

 それでも言葉通り、颯太は二人の前から立ち去ろうと痛みを堪えながら、ひょこひょこと歩いていく。

 思わずエレオノーラは颯太の役者っぷりに拍手を送ろうとしたが演技ではなく本当に痛みを堪えていることを知り、心配そうに声を掛けた。


『大丈夫でして?』

「(ギリギリ……)」


 シーツ一枚しか巻いていないため、一歩踏み出すのすら辛い颯太は額に汗を滲ませている。

 その様子を見ていたのは何もエレオノーラだけではない。

 ヨハンとハンナの二人も見ていたのだ。

 下町では滅多に見られないような美女に固まっていたヨハンであったが、颯太の様子がおかしいことに気がつき駆け寄った。


「お、おい! アンタ、大丈夫か?」

「だ、大丈夫です。これくらいなんとも……ッ!」


 平気であると誤魔化すが小石を踏みつけてしまい、颯太は痛みに顔を歪める。

 それを見たヨハンとハンナは颯太に近寄り、肩を貸した。

 これ以上、彼女に負担がかからないようにと二人は颯太の両脇に体を潜り込ませている。


「え、ちょ、何を?」

「いいから! ハンナ、この人を見ててくれ。俺はアジトに行って履けそうな靴を取ってくる」

「あ、ヨハン! 靴だけじゃなく綺麗な布もお願い!」

「わかった!」


 ヨハンとハンナは颯太が座っていた場所に彼女を戻した。

 再び段差に腰を下ろした颯太をハンナが見守り、ヨハンは彼女に履けそうな靴と綺麗な布を探しにどこかへと走り去っていく。


「(アジトって言ってたけど、もしかしてこの子達って……)」

『見た目通りでしょう。彼等は身寄りのない子達で結成された組織かもしれませんわね』

「(騙してしまって申し訳ない……)」

『割り切りなさい。私達も野垂れ死にするかどうかという所でしたのよ?』

「(うぐ……。そう言われると否定できない)」


 罪悪感を抱いている颯太だがエレオノーラの言う事も正しく、彼は何も言い返すことが出来なかった。


「あ、あの大丈夫ですか?」

「へ?」


 落ち込んでいる颯太を気遣うようにハンナが声をかけた。

 突然、声を掛けられて呆気に取られる颯太であったがハンナが自分を気遣ってくれていることに気がつき、すぐさま返事をする。


「あ、ええ。大丈夫……とは言えませんが申し訳ありません。ご迷惑をおかけしてしまい」

「い、いえ、別に迷惑だなんて! 困ってる人を放ってはおけないよ」

「……貴方達はとても優しいんですね」

「私達も色んな人に助けてもらってるから……。だから、今度は私達が助けてあげる番なの」

「立派な志ですね。もしかして、誰かの受け売りでしょうか?」

「あ、えへへ。わかっちゃうよね。うん、そうなんだ。私達の恩人の言葉なの」

「その方はとても尊敬できる人なんでしょうね」

「うん。私達の憧れの人なんだ」


 それからしばらく、ヨハンが戻ってくるまで颯太はハンナと会話に花を咲かせるのであった。

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